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創世記

出なさい

創世記12:1

「出なさい!」

その言葉は少し厳しく聞こえるかもしれません。

ある英訳では、さらに厳しい表現になっています。「Get out!」、つまり、「出ていけ!」という意味です。

アメリカでは、子供たちが乱暴すぎるとき、親が苛立って「Get out!」と言うことがあるかもしれません。

神様は苛立ってはおられませんでしたが、アブラハムにとって神様の言葉は厳しいものだったでしょう。

なぜ神様はアブラハムにそのような命令をされたのでしょうか。「あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出なさい」と命じられた理由は何だったのでしょうか。

もしかすると、周りの人々がアブラハムに悪い影響を与えていたのかもしれません。

アブラハムの家族は偽物の神々を崇拝していたのです。彼らは真の神様を崇拝していたかもしれませんが、他の神々も崇拝していました。(ヨシュア記24:2)

アブラハムとサラは神様に従い始めていましたが、彼らの考え方はすでに自分たちの文化の影響を受けていました。

創世記15章と16章を読めば、その影響ははっきりと分かります。そのため、神様は「出なさい」と命じられたのです。

私たちに影響を与えるものは何でしょうか。私たちの考え方と行動を形作っているものは何でしょうか。私たちの文化でしょうか。私たちの家族でしょうか。私たちの友達でしょうか。

アブラハムに「出なさい」と命じられたように、神様は私たちにも同じことをおっしゃっています。私たちは神様に喜ばれない、この世の影響から逃れるべきです。

パウロはこう言いました。

この世界と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神の御心は何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。(ローマ12:2)

私たちの周りにあるいろいろなものが私たちにプレッシャーをかけ、影響を与えようとしています。

時々、ある人は私たちを愛していても、私たちにプレッシャーをかけ、影響を与えようとします。彼らは私たちの最善を望むかもしれません。

しかし、私たちが注意を払わなければ、彼らの影響によって、私たちは神様から離れた道を歩んでしまう可能性があります。だから、友達や家族であっても、自分の文化であっても、私たちは悪い影響から逃れるべきです。

その関係を完全に断ち切るべきだと言っているわけではありません。けれども例えば、アドバイスを求めるときは、神様の価値観を持っている人々を求めるべきです。

多くのクリスチャンたちは、世の価値観を持つ人々にアドバイスを求めることがあります。

その人が私たちを愛しているかもしれませんが、そのアドバイスが私たちを神様に喜ばれない道に導いてしまう可能性もあります。

「彼とセックスしてもいいでしょう。彼を愛しているから問題ありません。」

「彼女と結婚してもいいでしょう。彼女はクリスチャンではありませんが、構わないです。彼女を愛しているでしょう?さらに、あなたの影響で彼女がいつかクリスチャンになるかもしれません。」

「夫と離婚したら?今は本当に大変でしょう。」

「その仕事は良い選択でしょう。教会に行けなくなるけれど、それは仕方ありません。神様は理解してくださるでしょう。」

「仏壇の前で拝んでもいいでしょう。深い意味はありません。それは単なる日本の文化的習慣です。」

そのアドバイスを与える人々は善意を持っているかもしれません。しかし、彼らの価値観は異なります。もしそのアドバイスに従えば、私たちは神様に喜ばれない道を歩むことになります。

神様は何を言われたでしょうか。。

それゆえ、彼らの中から出て行き、彼らと分離せよ、と主は言われる。汚れたものに触れないようにせよ。

そうすれば、私はあなたがたを受け入れ、私はあなたがたの父となり、あなたがたは私の息子、娘となる、と全能の主が言われる。(第二コリント6:17-18)

それでも、私は繰り返します。その関係を完全に断ち切るべきだと言っているわけではありません。とはいえ、その人の影響から離れるほうが良いでしょう。

神様の御心を知りたいですか。神様を喜ばせたいと思っていますか。

御言葉を求め、従いましょう。そうすれば、神様の御心が何か、つまり、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知ることができるようになります。

また、神様の子としての人生を知り、誰よりもあなたを愛しておられる天の父を知るようになります。

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