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創世記

喧嘩する価値がない

創世記13章

時々、私は妻と喧嘩します。一般的に小さなことについて喧嘩をしますが、時々、議論が少し激しくなることもあります。

振り返ってみて私が考えるのは、「どうして私はそんなに頑固になったのか」ということです。

(時には「どうして妻がそんなに頑固なのか」と思うこともありますが、それは妻には言わないでください。)

それでも多くの場合、私は自分のプライドと戦い、妻に譲りたくないと思っています。

例えば、私たちにはベビーカーがあり、ハンドルの上にフックがついているストラップがあります。私たちは娘と出かけるとき、普段そのフックにかばんをかけます。かばんをかけていない場合、注意しないと、そのストラップが自然にハンドルの横に落ちてしまいます。

ある日、妻が苛立っていました。私がベビーカーを使った際、ストラップが落ちていたのに直さなかったからです。

ある日、私の妻がいらいらしていました。それは、私がベビーカーを使ったときにストラップが落ちてしまい、直さなかったからです。

(皆さんが私を責める前に言っておきたいのですが、それまで妻からは何も言われていませんでした。ただ、その日だけ「なぜ全然直さないの?」と言われたのです。)

私にとって、その問題はとても些細なことでした。ストラップが落ちたところで、二秒で直せますし、誰が気にするでしょう?

私の妻です。

私が思ったのは、「直すのに二秒かかるだけだし、そんなに気になるなら、妻自身が直したほうがいいのに」ということです。

けれども、神様は静かな声でこう言われました。「たった二秒で済むのなら、なぜそんなに頑固になるのか?直しなさい。」

「はい、はい。わかりました。」

(ため息)

それから、できるだけそのストラップをきちんと直すようにしています。しかし、こんな小さな喧嘩でも、プライドは本当に厄介なものになります。

アブラハムとロトの争いは、さらに大変なものでした。その地には、彼らが一緒に住むための十分な資源がありませんでした。彼らの持ち物が多すぎたからです。そのため、アブラハムの牧者たちとロトの牧者たちの間で争いが起こりました。

アブラハムは家族のリーダーとして、ロトに命令する権利がありました。「ここから出なさい」と言えば、ロトは従わなければなりませんでした。

けれども、アブラハムはそうしませんでした。代わりに、彼はこう言いました。

「私たちは親戚同士です。だから、争いはやめましょう。あなたが行きたい方を選んでください。もしあなたが左に行くなら、私は右に行きます。もしあなたが右に行くなら、私は左に行きます。」

そして、ロトがより良い土地を選んだ時も、アブラハムは文句を言いませんでした。むしろ、「神様があなたを祝福してくださるように」と言い、ロトと別れました。

その後、神様はアブラハムを豊かに祝福してくださいました。

もし喧嘩するときに、私たちが「あなたは私の友人です。あなたは私の妻です。あなたは私の夫です。私たちの関係は、この喧嘩よりも大切です。あなたを愛しているから、私は譲ります。」と言えたら、私たちの人生はどれほど良くなるでしょうか。

私たちがプライドを捨て、パウロの言葉の通り、キリストを恐れ尊び、互いに従い合えば(エペソ5:21)、私たちの人生はどれほど豊かになるでしょうか。

そして、神様はどれほど私たちの関係を祝福してくださることでしょうか。

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