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創世記

神様を信じる?

創世記15章

時々、神様を信じることは難しいと感じます。私たちは神様の約束をよく知っており、神様が何を言われたかも理解しています。それでも、時には私たちの状況によって、神様に従うことが困難になることがあります。

例えば、皆が知っているように、日本にはクリスチャンの人口が非常に少ないです。1%以下です。そして、クリスチャンの女性は男性よりも圧倒的に多いです。

男性にとっては良い状況かもしれませんが、女性にとっては困難を伴う現実となります。

聖書にはクリスチャン同士で結婚するべきだと書かれていることは知っています。しかし、信仰を持つ良い伴侶を見つけるのが難しく、神様がふさわしい人を備えてくださると信じることが難しい場合があります。

特に待つ期間が長くなるほど、信じ続けることがさらに難しくなります。そのため、多くの人が諦めて、クリスチャンではない人と結婚する選択をします。

残念ながら、それは結婚の問題を解決する一方で、結婚生活に新たな問題をもたらすことがよくあります。つまり、キリストを信じない人と共に生活することで、様々なプレッシャーや葛藤が生じるのです。

アブラハムも似たような選択に直面しました。それは、神様を信じるかどうかという問題でした。

神様が彼に約束されたのは、彼が故郷を離れ、神様に従えば、大いなる国民とされるというものでした。けれども、アブラハムはすでに七十代で、まだ子どもがいませんでした。

それでも、神様は彼のもとに再び現れ、「あなたの受ける報いは非常に大きい」と語られたのです。

アブラハムの答えはこうでした。

「どうしてそんなことを言えるでしょうか。私はまだ子どもがいませんし、年老いています。私の下僕が私の財産を全て受け継ぐことになります。どうして私の報いが大きいと言えるのでしょうか。あなたが約束された祝福はどこにあるのでしょうか。」

神様の答えはこうでした。

「その人があなたの跡を継ぐことはありません。天を見上げなさい。もし星を数えられるなら、それを数えなさい。あなたの子孫はこのようになるのです。」

その約束を信じるのは難しかったと思います。

「私は子どもがいませんし、妻も年を取っています。それなのに、私の子孫が星のようになるのですか。」と思ったかもしれません。

それでも、アブラハムは決断をしました。その決断とは?

神様を信じること。

アブラハムは完璧な人ではありませんでした。多くの場合に失敗しましたし、神様を信頼しないこともありました。

例えば、パロの話(創世記12章)やゲラルの王の話(創世記20章)はその例です。

とはいえ、この時とこの場所で彼はこう決めました。「神様を信じます。」

だから、神様は喜ばれました。

神様が何よりも望んでいるのは、私たちが神様に信頼することです。

アダムとエバに対しても、神様は彼らの信頼を望んでおられました。

「どの木からでも自由に食べてよい。でも、この木からは食べてはならない。私を信頼しなさい。私はあなたにとって最善を望んでいるのだから。」

しかし、アダムとエバは神様を信頼せず、神様との関係は壊れてしまいました。

ヘブル人への手紙11:6にはこのように書かれています:

信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づくものは、神がおられることと、神を求めるものには報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。

私たちの多くは、神様がおられることを信じています。

けれども、本当に神様が私たちにとって最善を望んでおられることを信じているでしょうか。神様に信頼すれば、報いてくださる方であることを本当に信じているでしょうか。

それは最も重要な問いかけです。

クリスチャンではない人と結婚する人にとって、その答えは「信じていない」ということになります。

誤解しないでください。クリスチャンではない人と結婚したからと言って、私はあなたを責めているわけではありません。孤独は辛いものです。長く待つほど希望が薄れていき、信じ続けることがますます難しくなるのです。

アブラハムにとっても、長く待つことは困難でした。創世記16章では、アブラハムとサラは待ちきれず、大きな過ちを犯してしまいました。

とはいえ、神様との親しい関係を望むなら、私たちの心の中で決断をする必要があります。それはつまり、神様を信じること、そして神様に信頼することです。

あなたは過ちを犯したことがあるかもしれません。神様に信頼せず、間違った選択をしたことがあるかもしれません。

それでも、がっかりしないでください。

アブラハムも過ちを犯しました。彼もある時、神様に信頼せず、誤った選択をしました。

しかし、神様はアブラハムを見捨てませんでした。

そして、あなたのことも決して見捨てません。

もし神様との関係を回復したいのなら、もう一度神様のもとに行き、このような祈りを捧げてください。

神様、私は失敗しました。赦してください。しかし、今日あなたの前に来て、私が言いたいのは、あなたを信じるということです。あなたに信頼する。

そうすれば、神様があなたを赦してくださいます。

アブラハムは失敗をしたにもかかわらず、「あなたを信じる」と言ったとき、神様はその信仰を彼の義と認められました。

同じように、もしあなたが心から「あなたを信じる」と言えば、神様はその信仰をあなたの義と認めてくださいます。

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