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創世記

寄留者と異国人

創世記23章

日本の政府は私が他の惑星から来たと思っています。

証拠があります。日本に引っ越したときに、政府から身分証明書をもらいました。そのカードに書いてあるのは「Certificate of alien registration」ということです。つまり、「宇宙人の登録証明書」と書かれています。

ちょっと冗談ですが、実は、政府がその言葉を翻訳したとき、「宇宙人」と書かずに、「外国人」と書きました。

とはいえ、「alien」を読むたびに、いつも笑ってしまいます。

英和辞典を調べて「Alien」を引くと、いろいろな定義があります。もちろん、二つの定義は「宇宙人」と「外国人」です。

聖書は「寄留者」という語を用いています。

とにかく、アブラハムはカナンに寄留者として住んでいました。神様はアブラハムをカナンに導き、カナンがアブラハムの子孫の遺産になると約束してくださいました。けれども、その時はまだ来ていませんでした。

だから、アブラハムの妻サラが亡くなったとき、葬る場所がありませんでした。それで私有墓地を買わなければなりませんでした。ヘテ人と話したとき、アブラハムはこう言いました。

「私はあなたがたの中に居留している異国人ですが、あなたがたのところで私有の墓地を私に譲っていただきたい。」

そして、ヘテ人は墓地を売りました。

アブラハムも亡くなり、そこで葬られました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、待ち望みました。ヘブル書11章にこのように書かれています。

信仰によって、彼は約束された地に他国人のようにして住み、同じ約束をともに相続するイサクやヤコブとともに天幕生活をしました。

彼は、堅い基礎の上に建てられた都を待ち望んでいたからです。その都を設計し建設されたのは神です。。。

これらの人々は皆、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者である事を告白していたのです。

彼らはこのように言うことによって、自分の故郷を求めている事を示しています。

もし、出てきた故郷の事を思っていたのであれば、帰る機会はあったでしょう。しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。

それゆえ、神は彼らの神と呼ばれる事を恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。(へブル書11:9-10,13-16節)

私が日本に引っ越した後、兄はオアフ島からハワイ島に引っ越しました。姉と旦那さんもすぐに引っ越し、その後、私の両親もあそこに引っ越しました。

今、私がオアフ島に帰ったら、家が全然ありません。それはかなり寂しいことです。

私の出身地に帰ると、私が育った家を見たら、知らない人がそこに住んでいて、その家の雰囲気も違います。もう私の家ではないと感じます。

とはいえ、その家は決して私の家ではありませんでした。この世界は短期での居留先です。私たちは寄留者と異国人で、この世界に属していないのです。私たちの本当の家は天国にあります。

だから、あなたの心はどこにあるのでしょうか。この世界にあるのでしょうか。つまり、あなたの焦点はこの世界にありますか。それとも、あなたの本当の家を求めているのでしょうか。

ある人は、天国中心の者はこの世界に役に立たないと思います。けれども、C.S. ルイスはこう言っています。

歴史を読んでみると、現在の世界のために最も熱心に働いたクリスチャンは天国中心のクリスチャンでした。

イエス様の使徒たちはそのようなクリスチャンでした。

奴隷貿易と戦ったイギリスのクリスチャンたちも天国中心のクリスチャンでした。

しかし、今ではクリスチャンたちが天国についてほとんど考えなくなり、この世界で神様のために効果的な器ではなくなりました。(私の言い換え—C.S. ルイスの『キリスト教の精髄』という本からです。)

ルイスの言うとおりです。私たちが天国中心であるならば、私たちの優先順位はすべて正しくなります。

しかし、この世界を最も大切にしたならば、私たちの優先順位と人生はめちゃくちゃになってしまいます。あなたの心はどうでしょうか。あなたの優先順位は正しいでしょうか。

この歌の歌詞が大好きです。

私たちは大使です。
神様のメッセージを携えて、
私たちはしばし留まらなければなりません。

この世を出る前に、
しなければならないことがたくさんあります。

信者となる人はまだたくさんいるでしょう。
私たちの使命は必ず成功するでしょう。
ハデスの門には打ち勝てません。

私たちは寄留者と異国人です。
私たちはこの世界の者ではないのです。

ーーボブ・ハートマン

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