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創世記

結果が良かったら、いいんじゃない?

創世記27章

神様に、この箇所について、たくさんの質問をしてみたいです。

例えば、イサクはどれほど知っていたのでしょうか。神様がリベカに「エサウはヤコブに仕える」と言われた後、リベカはそのことをイサクに伝えたのでしょうか。もし伝えたなら、イサクはどのように反応したのでしょうか。

また、エサウがヤコブに長子の権利を売った時、イサクはそのことを知っていたでしょうか。知っていたとすれば、どのように反応したのでしょうか。

イサクが何も知らなかった場合、彼は自分の行動が正しいと思っていたかもしれません。

けれども、もしイサクがすべてを知っていたなら、彼の態度に問題があったと感じるかもしれません。なぜなら、神様の御心を知りながらも、エサウに長子の祝福を与えようとしていたからです。

とはいえ、イサクがどこまで知っていたかは、はっきりとは分からないのです。

では、リベカとヤコブの行動はどうだったのでしょうか。多分、リベカがヤコブに神様の言葉を伝えたのだと思います。なぜなら、ヤコブは長子の権利を求めていたからです。

けれども、イサクが祝福するためにエサウを呼んだ時、リベカとヤコブはパニックになりました。

それで、イサクを騙し、結局ヤコブはイサクの祝福を手に入れました。リベカとヤコブの計画は成功しました。それに、神様はヤコブを祝福したいと言われたはずです。

それは神様の御心だったのでしょうか。リベカとヤコブの行動は正しかったのでしょうか。

その結果を見てみましょう。エサウは非常に怒り、ヤコブを殺そうとしました。そのため、ヤコブは逃げなければならず、母親に二度と会うことはありませんでした。ずっとエサウを恐れ続け、仲直りするまでには何年もかかりました。

イサクを騙すという決断の結果、ヤコブは恐れと心配を抱え、多くの年月を浪費してしまいました。

神様にもう一つお聞きしたいことがあります。もしヤコブとリベカがイサクを騙さなかったら、どうなっていたでしょうか。

神様はイサクに「エサウを祝福するな。ヤコブを祝福しなさい」と言われたでしょうか。

私は知りません。リベカとヤコブは自分たちの道を選んだからです。

けれども、私が知っているのは、神様はいつも約束を守られる方だということです。神様はリベカとヤコブの助けを必要としておられませんでした。

ある時、私たちは「少し悪いことかもしれないけれど、しなければならない」と思うことがあるかもしれません。

また、こう言うこともあります。「この方法しかなかった。私はそうするしかなかった。」

しかし、神様の御心から離れて何かを強制しようとすると、大変な結果を招くことがあります。

イシュマエルの件では、アブラハムとサラがその教訓を学びました。

そして、ヤコブの祝福の件では、リベカとヤコブも同じ教訓を学びました。

神様の御心を待たずに何かを強制しようとすることで、どれほどの後悔が生じるでしょうか。

箴言14:12にはこう書かれています。

人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。

また、箴言3:5-6にはこう書かれています。

心を尽くして主に拠り頼みなさい。自分の悟りに頼ってはなりません。あなたの行く所どこにおいても主を認めなさい。そうすれば、主があなたの道をまっすぐにしてくださいます。

その言葉を心に留めておきましょう。

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