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創世記

愛されていない、誰からも求められていない

創世記38章

創世記を読むときに、たくさんのひどい話に驚かされました。特に女性についてのひどい話が多くあります。

レアとタマルの話は特に心に残ります。

父ラバンの欺きによって、レアはヤコブと結婚しました。けれども、その結果、ヤコブはレアを愛していなかったのです。

レアは「私は愛されていなくて、不要です」と感じました。レアの息子たちの名前はそのことを反映しています。(その話はここにあります。)

タマルも、自分が愛されていなくて、不要だと感じました。夫が悪人であったため、神様は彼を殺されました。

夫の兄弟も、その文化の習慣に従ってタマルと結婚しましたが、本当は結婚したくなかったのです。そして、セックスのためにタマルを利用し、その時に精液を地に流していました。

神様はそれを見て、その兄弟も殺されました。

さらに、義理の父ユダは「私の末っ子が大人になったらあなたにあげる」と言いましたが、結局タマルに末っ子を与えませんでした。なぜならば、タマルが不幸をもたらすと思ったからです。

「タマルと結婚すると彼も死ぬかもしれない」と考えたのです。

そのため、タマルは愛されていなくて、自分は不要だと感じました。

彼女は必死になり、遊女のように振る舞い、ユダと寝ました。(タマルが顔を覆っていたため、ユダはタマルだと認識しませんでした。)

そして、タマルが妊娠したと知ったとき、ユダはタマルを殺そうと考えました。なぜならば、タマルは結婚していないのに妊娠し、遊女のように振る舞ったと思われたからです。

しかし、ユダは何ヶ月も前にその遊女(タマル)と関係を持っていたのです。それは非常に偽善的な行動だったと思います。

それでもユダは、「この不要な女がいなくなる」と思い、内心では本当に喜んでいたのかもしれません。

けれども、タマルがその子供の父がユダであることを証明すると、ユダは驚愕しました。それで、ユダは「私が悪かった」と認め、タマルを生かしました。そして、双子が生まれました。

レアとタマルは、人に愛されず、不要だと思われていましたが、神様はその二人を愛し、大切だと思われました。

神様の恵みは本当に素晴らしいと思います。神様はその二人を選び、イエス様の家系図にもタマルとレアの名前が記されています。

もし私が神様だったら、多分ラケルを選んだと思います。なぜならば、ヤコブはラケルを愛し、その息子ヨセフは兄たちよりも正しい人だったからです。

しかし、ラケルではなくレアを通してイエス様が来られました。

また、もし私が神様だったら、タマルを選ばなかったと思います。なぜならば、ユダもタマルも本当にひどいことをしたからです。

けれども、タマルを通してもイエス様が来られました。

私たちは何を学ぶことができるでしょうか。

あなたは、愛されていなくて、不要だと思うことがあるかもしれません。もしかすると、あなたの夫や妻が不倫して、あなたを捨てたかもしれません。

あなたは虐待を受けたことがあるかもしれません。両親の愛と受け入れを求めても、どんなに努力をしても愛を与えてもらえなかったのかもしれません。

あなたは彼氏や彼女を探しているかもしれません。けれども、周りにはたくさんの友達が結婚しているのに、自分にふさわしい人を見つけられないことがあるかもしれません。

何回付き合っても、結局うまくいかず、あなたの心が壊れてしまったでしょう。心を開き、体も許してしまったかもしれませんが、最終的に拒否されたのです。

しかし、たとえ愛されていない、不要だと感じる時があっても、神様はあなたを見ておられ、愛しておられます。

神様はあなたの名前を知っておられます。

神様はあなたの全てをよく知っておられます。

たとえ失敗をしても、罪を犯しても、神様はあなたを愛しておられるのです。だからこそ、イエス様をこの世に送られました。イエス様は十字架で、あなたの罪のために死なれ、蘇られました。

それはなぜでしょうか。神様はあなたを愛しておられ、あなたと親しい関係を望んでおられるからです。

たとえあなたが誰であっても、どんな苦しみを感じていても、神様にはあなたのための計画があります。神様に手を伸ばすならば、神様があなたのためにずっと手を差し伸べていたことをすぐに知るでしょう。

神様はあなたの苦しみを癒し、あなたの心を愛で満たしたいと望んでおられます。どうか、神様を仰ぎませんか。

主は遠くから、私に現れた。「永遠の愛を持って、私はあなたを愛した。それゆえ、私はあなたに誠実を尽くし続けた。」(エレミヤ書31:3)

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