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創世記

全体の真理を言う?

創世記40ー41章

「悔い改めなさい!あなたは地獄に行くよ!」

アメリカでは時々、ある人が箱の上に立ち、そのような言葉を叫ぶことがあります。

けれども、ある日神戸で友達と散歩していたとき、スピーカーから誰かが何かを叫んでいる車を見かけました。

日本でこうした車を見かけると、通常は選挙期間中で、政治家が「私に投票してください」と訴えている場合がほとんどです。

しかし、その日は「キリスト」という言葉が聞こえてきたため、私は友だちに「あの人は何を言っているのだろう?」と尋ねました。

彼はこう答えました。「あなたは地獄に行くから悔い改めなさいと言っています。」

その時、私はただ「なるほど」としか返事ができませんでした。

私はクリスチャンですが、そのような方法は自分では決してしないと思います。それが本当に効果的であるかどうか疑問に感じます。

それでも、神様のメッセージには2つの側面があることを理解する必要があります。それは必ずしもいつも明るいメッセージではありません。

ヨセフはそのことを学びました。神様からのメッセージをいろんな人に与えましたが、それは必ずしもいつも幸せなメッセージではありませんでした。

献酌官に対して、ヨセフは許しと回復のメッセージを伝えました。献酌官がパロを怒らせましたが、パロは彼を許し、元の地位に戻すという内容でした。

けれども、調理官の場合、パロが許すメッセージはありませんでした。かえって、調理官が裁かれて殺されるというメッセージでした。

おそらくヨセフは喜んでそのメッセージを伝えたわけではなかったでしょう。とはいえ、それが真実だったので、そのメッセージを伝えました。

パロに対する神様からのメッセージもまた同様でした。良い知らせもあれば、悪い知らせもありました。「エジプトに七年間の大豊作が訪れる。しかし、その後で七年間の飢饉が起こる。」というメッセージでした。

ヨセフは、パロが飢饉の話を聞いて大喜びするとは思わなかったでしょう。それでも、そのことを隠すことなく、良い知らせも悪い知らせも伝えました。それが真実だったからです。

そして、ヨセフが真実を伝えたおかげで、エジプトは飢饉に備えることができました。

ヨセフが伝えたメッセージに2つの側面があったように、クリスチャンのメッセージにも2つの側面があります。

もちろん、キリストにあって赦しと回復、喜びがあります。しかし、キリストを拒否するなら裁きと罰が来るのです。

私たちは神様のメッセージを伝えるとき、2つの側面を伝えているでしょうか。

多分、最も有名な箇所はヨハネ3:16です。

神は、実に、その一人子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠の命を持つためである。

たくさんの人はこの章が大好きです。なぜならば、神様の愛についての話であり、イエス・キリストによって私たちが永遠の命を持てるという希望に満ちた話だからです。

しかし、もう一つの側面があります。この章には、信じる者は滅びないと書かれています。

それでは、信じない者はどうでしょうか。答えははっきりしています。その人たちは滅びます。死後、神様から永遠に離れることになります。

そして、ヨハネの意味を読み取れなかった人たちのために、彼はもう一度こう書いています。

御子を信じる者は裁かれない。信じない者は神のひとり子のみ名を信じなかったので、すでに裁かれている。(ヨハネ3:18)

聖書を読むと、何度も福音のメッセージに2つの側面があることがわかります。

信じる者に対しては、赦しと救いです。

信じない者に対しては、裁きと神様の怒りです。

私が言いたいのは何でしょうか。「あなたは地獄に行く」と人に言ったほうがよいのでしょうか。

はい、その通りです。

私たちが福音を伝えるとき、相手が理解しなければならないのは、大きな問題があるということです。

私たちの良い王がこの世にもう一度来られ、罪によって壊れた世界を裁き、すべてを癒してくださいます。

多くの人々はそれを聞いて喜ぶでしょう。では、問題は何でしょうか。彼らは自分の罪のゆえに、同じく裁かれるのです。

そして、聖書には「罪から来る報酬は死です」と書かれています。(ローマ書6:23)

このメッセージの一部を省くことはできません。なぜならば、これは救いのメッセージだからです。

もし深刻な状態がなければ、どうして救いが必要でしょうか。もし、人が浜辺で安全に立っているなら、救いは必要ありません。

溺れている人だけが救いを必要とします。

燃えているビルの外に立っているなら、救いは必要ありません。けれども、そのビルの中にいて脱出できないなら、救いが必要です。

人は安全な状態にいないので、福音を聞く必要があります。罪に縛られており、地獄に行く運命にあります。

どんな言葉で表しても構いません。

「永遠の死。」

「神様から永遠に離れる。」

それはすべて同じ意味です。

では、どうして私はスピーカー付きの車を使った宣伝方法に反対するのでしょうか。

それは、そのクリスチャンが恐怖を与えることによって人を救おうとしているからです。

けれども、イエス様はそのような方法を取りませんでした。聖書を読むと、イエス様の方法はまったく違っていました。イエス様は愛によって人を救い出したかったのです。

それでも、イエス様は地獄と裁きについて頻繁に語られました。

それにもかかわらず、罪人たちはイエス様に惹きつけられたのです。

なぜでしょうか。

おそらく、イエス様の愛を感じていたからです。

その一方、人々がその車のメッセージを聞いても、愛を感じることはおそらくまったくないでしょう。

あなたは全体の真理を伝えたとき、相手の反応を心配していますか。

ヨセフはパロに全体の真理を伝えたからこそ、エジプトは飢饉から救われました。

もし私たちが全体の真理を語れば、救いの機会を提供することができます。それは地獄からの救いの機会です。

しかし、そのためには全体の真理を伝える必要があります。それとは何でしょうか。

その証とは、神が渡したちに永遠の命を与えられたということ、そして、この生命が御子のうちにあるということです。

御子を持つものは命を持っており、神の御子を持たないものは命を持っていません。(第一ヨハネ 5:11ー12)

One reply on “全体の真理を言う?”

ブルース。ひさしぶり。元気ですか?
僕は今年7月からハウスチャーチと日曜礼拝を始めました。
あなたのメッセージにあるようにはっきりと悔い改めについて話すようになりました。
僕はいつの間にか、相手との関係をこわしたくないので、そのことについて話さなくなっていたことに気づいて、悔い改めて、正直に話すようになりました。
今年4人の人が洗礼を受けました。ハレルヤです。

あなたはどうですか?
罪と悔い改めについて周りの人に話してますか?
神様の愛を相手に分かるように伝えていますか?
あなたのメッセージはいつもすばらしいです。
僕はあなたの証も聞きたいです。

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