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出エジプト記

神様のユーモア

出エジプト2:1ー10

神様の冗談?

時々、人々は、神様がユーモアの感覚を持っておられるかどうかと思います。

あるコメディアンは答えました。

「もちろん神様はユーモアの感覚を持っておられる。カモノハシを見たことがありますか。それは冗談かミスです。しかし、神様はミスをされない。」

私はカモノハシが神様の冗談かどうか分かりませんが、神様はユーモアの感覚を持っておられると思います。

2章で、神様のユーモアがはっきり見えると思います。

パロはすべてのヘブル人の赤ちゃんを殺すように命じました。けれども、ある日、パロの娘が帰ってきて、「ただいま!」と言いました。

そしてパロの頬にキスして、「私が見つけたものは何だと思いますか?」と言いました。

「何?」

「川に入ったときに、カゴを見ました。それを開けたら、すごく可愛い男の子がいました。」

「え?男の子?カゴに?川で?」

「そうです。ヘブル人の赤ちゃんです。私は養子にします。」

パロの宮殿で、どんな混乱があったか、想像できますか。

「絶対ダメです。すべてのヘブル人の男の子が殺されるように命じました。その赤ちゃんをこちらに連れてきなさい。今すぐ殺します。」

「お父様はひどいです!赤ちゃんはとてもかわいくて、無力です。その赤ちゃんが欲しいのです。ある女の人にその赤ちゃんを世話するためにお金を払います。モーセはいい名前でしょう。」

「分かった。分かった。一人のヘブル人は別に構わないでしょう。」

パロは、後で、びっくりしたでしょうね。:)

神様はパロの家にヘブル人を救い出す人を連れて来られました。パロの息子として、訓練と教育を受けました。そして、その勉強したことでイスラエルの民をリードしました。

私は神様の考え方を想像できます。

「私の民を奴隷にするのでしょうか。そして、ヘブル人の男の子を殺すのでしょうか。私はどうしようかなあ。そうですねえ。ああ、分かりました。パロの娘は川のそばにいます。完璧。じゃあ、このカゴをちょっと右のほうに押したら…」

パロの娘がお父さんにこの話をしたときに、私は神様の笑いを想像できます。

神様がユーモアの感覚を持っておられること以外に、私たちは何を学べますか。

私たちの人生はどんなにひどくても、神様は支配しておられます。

モーセの両親は必死でした。自分の息子をパロの命令から守りたかった。三ヶ月ぐらいモーセを隠していましたが、結局、隠すのが無理になりました。

だから、祈りながら、川の上にモーセを送りました。しかし、神様はその状態を見て、その祈りに答えてくださり、彼らの圧制者と戦ってくださいました。

あなたはどうですか。大変な状態にありますか。希望がないと思いますか。

どんな状態にあっても、神様は支配しておられることを覚えておきましょう。もし、神様に向かうなら、必ず助けてくださいます。

第一コリント10:13に書いてあるように、

あなた方の会った試練はみな人の知らないようなものではありません。

神は真実な方ですから、あなた方を耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。

むしろ、耐えることのできるように、試練と共に、脱出の道を備えて下さいます。

あなたはどんな試練に直面しても、神様があなたに耐えられないような試練に会わせることはありません。

神様はあなたを一人で立たせることはなく、むしろ、脱出の道をすでに備えてくださいます。

もし、あなたが神様を求めるなら、その道を見つけることができます。

けれども、あなたは神様を求めているのですか。

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