神様がエジプトからイスラエル人を救い出すためにモーセを呼ばれた時に、モーセは従いたくなかったから、たくさんの言い訳を言いました。
「私は資格がないです。私は取るに足りない人です。それに、あなたは誰ですか?」
神様が答えられた後で、モーセにはもっと言い訳がありました。
「誰も信じてくれないです。」
それは良い言い訳だと思います。なぜなら、以前、誰もモーセのリーダーシップを受け入れていなかったからです。
それに、もし誰かがあなたの将来について「神様からのメッセージがある」と言ったら、あなたはどう思うでしょうか。信じるでしょうか。
だからこそ、神様はモーセにしるしを与えてくださったのです。
「信じてくれないなら、そのしるしを示しなさい。」と命じられました。
それでも、モーセは、まだ言い訳がありました。
私は言葉の人ではありません。以前からそうでしたし、あなたがしもべに語られてからもそうです。私は口が重く舌が重いのです。(出エジプト記4:10節)
ある人が思うのは、モーセはどもったということです。それとも、モーセはスピーチの障害があったと思います。
それが本当かどうか分かりません。ある可能性はモーセが人の前に立ったら、緊張し過ぎたかもしれません。
とにかく、神様はその言い訳を受け入れませんでした。
「モーセ。私はあなたを造った。あなたの長所も短所もすべて知っている。私はあなたの口を造った。だから、行きなさい。私はあなたの口と共にいて、あなたの語るべきことを教えよう。」
だから、モーセはやっと正直に言いました。
「神様。他の人を遣わしてください。」
つまり、「でも。。。行きたくありません。」
その時、神様は怒られました。
「分かった。あなたの兄アロンがあなたを助けるだろう。だが、この使命から逃れることはできない。アロンと共に行き、パロに面と向かいなさい。」
神様があなたに何かを委ねられる時、あなたはどのように応答するでしょうか。
「はい。行きます。」と答えるでしょうか。
それとも、「でも、神様…」と答えるでしょうか。
ある時、私たちは良い理由で心配しています。
けれども、ある時、その理由は言い訳だけです。つまり、私たちは信仰がないから、神様に従いたくないです。
神様がモーセにいろんなしるしを示してくださっても、励ましてくださっても、モーセは信仰を持っていなくて、全然やる気がありませんでした。
どうしてか分かりませんが、多分失敗を恐れていたかもしれません。以前、努力したのに、失敗しました。もう一回失敗してしまうと思ったかもしれないから、エジプトに行きたくなかったのです。
私は彼の気持ちを理解できます。信仰で歩むのは怖いです。私は失敗が大嫌いです。安全に進みたいです。
しかし、私たちのために神様が準備してくださったプランを知るために、私たちは神様に信頼して、その信仰の一歩を踏み出さなければなりません。
良いことに、私たちが一人でしなくていいです。神様は私たちと共に歩んでおられます。
それに、私たちの周りのクリスチャンがいます。アロンはモーセを励まして手伝ったように、周りのクリスチャンが私たちを励まし手伝ってくれるのです。
