私が大好きな映画は「スター・トレックⅡ カーンの逆襲」という映画です。
クライマックスのシーンで、スポックはエンジンを修理するために、放射能のある部屋に入りました。彼は死ぬとわかっていましたが、入りました。
友だちがスポックを止めようとしたときに、スポックは彼をノックアウトしました。
けれども、その部屋に入る前に、スポックは友達に触れて、「思い出してください」と言っていました。
あとで、私たちはその意味がわかりますが、その時、スポックの意味は「私を思い出しなさい。何をしたか思い出してください。」だと思いました。
そのように、神様はイスラエル人に言われました。
「この日を思い出しなさい。私が何をしたかを思い出しなさい。あなたをエジプトの奴隷生活から解放へと導いたことを思い出しなさい。私はあなたを死から命へと導いたことを思い出しなさい。」
神様は私たちも思い出すことを望まれています。私たちが神様の子供になり、罪の奴隷生活から解放された日を思い出すことを望まれています。どうしてでしょうか。
多分、私たちはすぐに忘れるからです。忘れたら、どうなるでしょうか。
私たちの愛はだんだん減ります。
私たちは初めてクリスチャンになるときに、神様がしてくださったことに本当に感謝して、私たちの愛はものすごく強いです。
私たちの罪のために十字架で死なれ、滅びの穴からも泥沼からも引き上げ、私たちの足を巌の上に置いてくださいました。
けれども、それを忘れると、私たちの愛は次第に弱くなります。イエス様とその愛を当然のことと考えるようになり、やがてイエス様を大切にしなくなり、お金や経歴を求め始めるのです。
だから、神様はイスラエル人に言われました。
「この素晴らしいところに行ったら、この儀式を祝いなさい。なぜなら、あなたは私が何をしたか忘れないからです。
あなたの人生がうまく行ったら、私がしたことを思い出して、祝いなさい。そうすれば、あなたは私の業と愛を忘れない。」
しかし、神様は私たちのためだけではなく、思い出すことを望まれています。イスラエル人にこう言われました。
その日、あなたは息子に説明して、「これは、私がエジプトから出て来た時、主が私にしてくださったことのためなのだ」と言いなさい。(8節)
14ー16節で、神様は言われました。
後になってあなたの子があなたに尋ねて、「これは、どういうことですか。」と言う時は彼に言いなさい。
「主は力強い御手によって、私たちを奴隷の家、エ ジプトから連れて出された。
パロが、私たちを、なかなか行かせなかった時、主はエジプトの地の初子を、人の初子を初め家畜の初子に至るまで、皆殺された。
それで、私ははじめに生まれる雄を皆、いけにえとして、主に捧げ、私の子供たちの初子をみな、私は贖うのだ。」
これを手の上の印とし、また、あなたの 額の上の記章としなさい。それは主が力強い御手によって、私たちをエジプトから連れて出されたからである。」
神様は私たちとの親しい関係を望んでおられます。しかし、それだけではなく、私たちの子どもたちとも親しい関係を持ちたいと願っておられます。将来の世代の人々とも親しい関係を持ちたいのです。
だから十字架を忘れないでください。イエス様の犠牲を忘れないでください。そして、将来の世代にイエス様の業を伝えましょう。
あなたが私の名前を呼んでくださった日を覚えています。
あなたが優しく導いてくださったことを覚えています。私はひれ伏して、あなたを拝みます。
私のすべての賛美をあなたに捧げます。
