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出エジプト記

罪の深刻さ

出エジプト記21:12ー22:15

この箇所は十戒の解説のようです。特に、「父と母を敬え」、「殺してはならない」、「盗んではならない」の解説です。

私が思うのは、多分この律法は実際の裁判例から来たということです。

だから、私たちにとってはちょっとつまらないかもしれませんが、彼らにとっては本当に実用的でした。

私が印象に残っていることは、神様は罪が深刻なことだと思っておられるということです。

モーセの時代に、父と母を敬わないことは今より深刻なことでした。

今、子供が両親を殴ったり、呪ったりする話を聞きますが、モーセの時代にそれが起こったら、その子供は死刑に処せられました。

多分、その子供の年齢を考慮されたのでしょう。その息子が五歳だったら、多分殺されなかったでしょう。ユダヤ人の文化では、13歳になったら成人とみなされました。

多分、成人になったら、自分の行動のために責任を持つことになるため、その場合、両親を殴ったり、呪ったりしたら、その息子や娘が死刑に処せられました。

それでも、かなり厳しい罰です。なぜなら、神様は父と母を敬う命令を、それほど大切にしておられるからです。

殺人も死罪でした。

盗難は死罪ではありませんでしたが、罰はかなり厳しかった。盗まれたもののために払わなければならなかったし、懲罰的損害賠償も払わなければなりませんでした。

だから、私たちに問わなければならないのは、神様のように、私たちが罪を深刻に考えているかどうかということです。

多くの場合、私たちはそうしません。

多くの人は言い訳をします。あるいは、人は「私の行動はそんなに悪くなかった。小さいことだけだったし」と言います。

しかし、神様にとっては、罪はとても深刻なことです。だからこそ、イエス様をこの世界に送り、イエス様が十字架で、私たちの罪の罰を受け入れるために死んでくださいました。

イエス様がそうされたのであれば、どうして私たちは罪を軽く考えることができるでしょうか。

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