この箇所を読むときに、私は私たちの罪との戦いについて考えます。
神様が言われたのは、イスラエル人がカナンに入ると、神様がその敵を追い出し、全く滅ぼすということです。
そのように、神様は私たちの人生の中で罪を追い出すために働いておられます。だから、神様は私たちの人生の中で、罪がちょっとでも残ることを望んでおられません。
罪はガンのようなものです。もし全部を取り除いてしまわないと、すぐに広がります。だから、神様はイスラエル人に命じられました。
(その偶像を)徹底的に打ち壊し、その(神々の)石の柱を粉々打ち砕かなければならない。(出エジプト記23:23)
そのように、神様の力で罪は私たちの人生から追い出されるけど、私たちがしなければならないことがあります。
神様は「私はカナン人を消し去る」と言われたけど、31節で「あなたが彼らをあなたの前から追い払う」と言われました。
つまり、私たちは積極的に罪と戦わなくてはなりません。
例えば、私たちは罪を引き起こす原因になるものを捨てるべきです。ポルノや悪い友達など、もし何かがあなたに罪を犯させるなら、それを捨てたほうが良いです。
それだけではなくて、神様はイスラエル人に命じられました。
あなたは、彼らや、彼らの神々と契約を結んではならない。彼らは、あなたの国に住んではならない。
彼らがあなたに、私に対する罪を犯させることのないためである。
それがあなたにとって罠となるので、あなたが彼らの神々に使えるかもしれないからである。(32ー33節)
そのように、罪が私たちの心に住むことを許さないべきです。また、罪と契約を結ばないべきです。
「罪と契約を結ぶ」というのは何でしょうか。一言で言うと、妥協です。
「この映画はちょっと道徳的に怪しいですけど、見る。」
それとも、「怒りを持ち続けるのは良くないと分かっているけれど、彼が謝るまでは、私は怒りを手放さない。」
それとも、「わがままは良くないと分かっているけれど、私は欲しいのです。私はそれに値しているからです。」
私たちはどれほどそのような妥協をしてしまうのでしょうか。
神様は「そうするな」と言われます。
「あなたの心に住むことを許してはならない。それはあなたにとって罠となるのです。」
最後のポイントです。一つの戦いだけでは、罪を征服できません。
神様はこう言われました。
あなた方が増え広がって、この地を相続地とするようになるまで、私は徐々に彼らをあなたの前から追い払おう。(30節)
そのように、罪に対する勝利は時間がかかります。
徐々に神様は勝利を与えてくださいます。
時々、その戦いは大変に難しいです。
時には、私たちは倒れます。
しかし、私たちは必ず勝利を得るのです。だからこそ、諦めないでください。
