多くの人にとって、この箇所は少しつまらないと思うかもしれません。
しかし、覚えておかなければならないのは、聖所と幕屋、その中に入っているものが天国にあるものの象徴であるということです。
だから、神様は言われました。
私があなたに示すのと全く同じように作らなければならない。(出エジプト記25:9)
また、
よく注意して、あなたが山で示される型通りに作れ。(40節)
地上の幕屋を作るときに、モーセは具体的なパターンに従わなくてはなりませんでした。
ヘブル人への手紙の著者が言ったのは、地上の幕屋はさらに完全な幕屋のコピーだったということです。(ヘブル9:11)
けれども、それだけではなく、聖所と幕屋はクリスチャンの人生のシンボルです。
その二つの言葉を見てみましょう。
「聖所」というのは聖別した所という意味です。
幕屋という言葉は「住む」という語から来ています。ですから、「住む所」という意味なのです。
神様にとっては、私たちは聖所であり、神様の幕屋です。
クリスチャンとして、私たちは神様の住むところです。
エペソ人への手紙で、こう書いてあります。
こうしてキリストが、あなたがたの信仰によって、あなたがたの心のうちに住んでいてくださいますように。(エペソ3:17)
また、第一コリント6:19で、こう書いてあります。
あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。
ヨハネ14:23で、イエス様はこう言われました。
だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。
そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。
父なる神とイエス様と聖霊様は私たちの中に住むように来られます。私たちは神様の生きておられる幕屋です。
神様に会うために、私たちは特別なところに行く必要がありません。私たちがどこに行っても、神様は私たちの中に住んでおられるからです。
しかし、私たちはただの幕屋ではありません。私たちは神様のために聖別された所、つまり神様の聖所です。
「聖別」という言葉は、英語からはやや翻訳しにくいものです。英語では “Set apart” と表現しますが、日本語では少し教会的な響きを持っています。
けれども、「Set apart」というのは「専用」という意味です。
時々、電車に乗る時に「女性専用車」があります。たくさんの車両がありますが、私は男性なので、その女性専用車には入りません。
また、仕事の後で、私の家は私の「聖所」です。
つまり、私の家は私と家族のためです。他の人は私の家を使用できません。
私の近所の中で、たくさんの家がありますが、私の家は城間の家族専用です。
そこで、私の家族はリラックスできるし、互いに話し合うことができます。そして、時々、私たちは友だちを招いて、私たちの家が他の人に触れる道具になります。
そのように、私たちの人生は神様の聖所です。私たちの心の中で、神様はリラックスできるし、私たちと話し合うことができます。
そして、神様は私たちの人生を用いて、他の人に触れることができます。
神様はそのことをイスラエル人に伝えたいと望んでおられました。そして、同じことを私たちにも伝えたいと望んでおられるのです。
あなたはどうですか。あなたがクリスチャンなら、神様の住んでおられる所です。
けれども、あなたは神様の聖所でしょうか。あなたの人生は神様専用でしょうか。神様と時間を過ごしますか。あなたの人生は他の人に触れる道具でしょうか。
神様、私をあなたの幕屋としてくださり、心から感謝いたします。
どうか私があなたの聖所となるようにしてください。
あなたが私の心をご覧になり、「ここは良い場所だ。歓迎され、安らぎを得ることができる。この人を通して他の人に触れることができる」と言ってくださいますように。
私はそのような聖所になりたいのです。アーメン。
聖所として私を整えてください。
清く、聖く
試練を受けても、忠実でいられるように。
感謝を持って、
私があなたのために聖所となりますように。

One reply on “聖所と幕屋”
Hi Bruce. 「Set Apart」のたとえが分かりやすかったです。Homeがなぜ必要かも分かりました。Thank you!
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