さばきの胸当てには、ウリムとトンミムを入れ、アロンが主の前に出るときに、それがアロンの胸の上にあるようにする。
アロンは絶えず主の前に、イスラエルの子らのさばきを、その胸の上に載せる。(出エジプト記28:30)
ウリムとトンミムとは何でしょうか。簡単な答えは、「誰も知らない」です。
ウリムとトンミムの形や使い方について、具体的な情報は聖書には記載されていません。多くの推測がありますが、確かなことは分かりません。
けれども、神様の御心と導きを知るために、大祭司はウリムとトンミムを使ったと考えられています。ウリムとトンミムという言葉を直訳すると、「光と完璧さ」という意味であり、比喩的には「啓示と真理」という意味です。
私はウリムとトンミムについてあまり知らないですが、大祭司アロンが神様の前に来た時に、それらが胸の上にありました。
ウリムとトンミムの意味について考えると、二つのことが思い浮かびます。
聖書の中で、神様の言葉は私たちの人生のために光であると書かれています。また、神様の御言葉と道は完全であるとも書かれています。
詩篇119:105には、こう書いてあります。
あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。
また、詩篇18:30で、こう書いてあります。
神、その道は完全。主のみことばは純粋。主はすべて彼に身を避ける者の盾。
神様の御言葉は、神様がご自身と真理を私たちに示される方法の一つなのです。ほかのどの方法よりも、神様は御言葉を通して私たちに語られます。だから、私たちが人生の導きを求めるなら、私たちの心の中に神様の御言葉が必要なのです。
ヨシュアはイスラエル人をカナンに連れていく前に、かなり心配したようです。なぜなら、モーセが亡くなり、モーセのようにリードできるかどうか、自信がなかったからです。神様は三回言われました。
「強くあれ。雄々しくあれ。」
多分ヨシュアは自分にはリーダーの資格がないと思ったでしょう。多分、自分の知恵と知識が足りないと思ったかもしれません。けれども、神様は彼にこう言われました。
この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。
そのうちにしるされているすべてのことを守り行うためである。
そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。(ヨシュア記1:8)
あなたは神様の御心を求めているのでしょうか。神様がどのような方であるかを知りたいのでしょうか。神様の道を知りたいのでしょうか。
そうであれば、聖書を読んでください。その言葉について考えてください。
小説のように聖書を読まないでください。
電車に乗った時に、散歩する時に、家事をする時に、読んだことを考えてください。寝る前に、その言葉を考えてください。
その言葉を暗記してください。
しかし、その全てよりも、その言葉に従ってください。
そうすれば、あなたのすることは繁栄し、また、栄えることができるでしょう。人生でも、仕事でも、人間関係でも、愛の関係でも、何をしても、うまくいくのです。
