出エジプト記の最後の5章は幕屋の作り方の命令の繰り返しです。
25章から31章までは、モーセがその命令を聞きました。
そして、36章から40章までは、イスラエル人がその命令に従いました。
その箇所の中で、同じフレーズを何度も読みます。
それは、「モーセとイスラエル人は主が命じられた通りに行った。」
例えば、39章にはこう書かれています。
イスラエル人は、すべて、主がモーセに命じられたとおりに、そのすべての奉仕を行った。
モーセが、すべての仕事を彼らが、まことに主が命じられたとおりに、したのを見たとき、モーセは彼らを祝福した。(出エジプト記39:42ー43)
40章でも、そのフレーズを8回読むことができます。
イスラエル人は主の命令に従うときに近道をしませんでした。
誰も、「この命令は細かすぎます。私のやり方でする。」とは言いませんでした。
むしろ、イスラエル人は主が命じられた通りに全てを行いました。
全てを仕上げた後、34ー38節にはこう書かれています。
そのとき、雲は会見の天幕をおおい、主の栄光が幕屋に満ちた。
モーセは会見の天幕に入ることができなかった。雲がその上にとどまり、主の栄光が幕屋に満ちていたからである。
イスラエル人は、旅路にある間、いつも雲が幕屋から上ったときに旅立った。
雲が上らないと、上る日まで、旅立たなかった。
イスラエル全家の者は旅路にある間、昼は主の雲が幕屋の上に、夜は雲の中に火があるのを、いつも見ていたからである。
あなたの人生に神様の働きを見たいですか。あなたの人生に神様の導きを求めていますか。
神様のポイントははっきりしていると思います。
神様に従いなさい。
大きいことだけでなく、小さいことでも、神様に従いなさい。
私たちが神様に従うなら、私たちの人生が神様の栄光で満たされ、神様の導きを知るようになります。

One reply on “主が命じられたとおりに”
幕屋画像; http://koti.phnet.fi/petripaavola/Tabernacle
いいねいいね