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民数紀

戦う準備ができた。仕える準備ができた。

民数記1ー4章

それでは、民数記を始めましょう。

モーセがイスラエルの民を二度数えたため、この書は「民数記」と呼ばれているのです。

1ー2章には、十一部族の人数を数えたことについて書かれています。その目的は、イスラエル人がカナンに着いたとき、どれほどの人数が戦いに参加できるのかを知るためでした。

その後、各部族がキャンプの中で、自分たちの場所を割り当てられました。

3ー4章はレビの部族について書かれています。その箇所には、レビ人の責任が示されています。

1ー4章では、四つの言葉が繰り返し登場します。それは、「属する」、「進む」、「任命する」と「任務」です。

このことから、二つの重要な点を学べると思います。

一つ目は、神様の民として私たちが戦いの中にいるということです。

エペソ人への手紙6:12には、次のように書かれています。

私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。

だから、私たちは神様の軍隊に属し、それぞれの場所を割り当てられました。

私たちはイエス様の福音を、この死にかけている世界に携え、サタンの国から人々を解放する使命を与えられました。

ですから、どこにいても、どんな仕事をしていても、そこがあなたの戦いの場なのです。近所でも、職場でも、学校でも、私たちはサタンとその悪霊に立ち向かうように呼ばれています。

しかし、レビ人が幕屋で仕えるように呼ばれたように、私たちもキリストの体、つまり教会の中で仕えるように呼ばれています。

それは教会の建物だけを指すのではありません。むしろ、神様から与えられた賜物を用いて、神様の民に仕えることです。

ローマ書12章には次のように書かれています。

一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないのと同じように、

大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。

私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。

奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教えなさい。

勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は喜んでそれをしなさい。ローマ12:4ー8)

軍人として、またしもべとして、私たちがこの世に生きている間、それこそが私たちの召しなのです。

私たちに与えられた立場を受け入れ、その任命された任務を全うしましょう。

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