レビ記で、清いものと汚れたものについて話しましたけど、もう一度そのことに戻ります。
印象に残っているのは民数記5:3です。
男でも女でも追い出し、彼らを宿営の外に追い出して、わたしがその中に住む宿営を汚さないようにしなければならない。
つまり、神様は聖い方でおられるため、神様の前に汚れたものが来ることはできません。
多くの人は神様と天国について誤解をしています。それは、もし彼らの良い行いの数が悪い行いの数より多ければ、神様が彼らを天国に入れることを許してくださると思っていることです。
彼らは天国の門に、はかりがあると考えています。もし良い行動が悪い行動より「重かったら」大丈夫だと考えています。
しかし、天国の門ははかりのようではありません。それよりも、天国の門は空港のセキュリティゲートのようなものです。
空港では、飛行機に乗る前にセキュリティゲートを通過しなければなりません。そして、もし鋏やナイフ、ペットボトルなどがある場合は、ゲートを通過できません。
ちょっと想像してみてください。誰かがセキュリティゲートに来ますが、鋏とペットボトルを持っています。そして、警備員がこう言います。
「通過できません。鋏とペットボトルを捨てなければなりません。」
けれども、その旅行者は文句を言い始めます。
「だって、鞄の中にはたくさん良いものがありますよ。ほら、おばあさんへのお土産もあるし、新しい服もあります。私の鋏とペットボトルはもう気にしないでください。別にいいでしょう?」
警備員はどう答えるでしょうか。
「絶対にだめです。捨てない限り通過できません。」
このように、神様は罪を扱われます。
良いことをしても、それだけでは天国に入ることはできません。あなたの良い行動は天国に入る障害ではありません。
むしろ、あなたの罪が問題なのです。もし心の中に罪を持っているなら、天国の門を通過することはできません。むしろ、天国の外に追い出されます。
イエス様の血だけがあなたの罪を清めてくださいます。
イエス様は十字架であなたの罪のために罰を受けられました。そのため、もしそのイエス様の働きを信じて、神様の赦しを求めて祈るなら、神様がその罪を取り去ってくださいます。そして、神様は天国の門であなたを喜んで迎えてくださいます。
ローマ10:9には次のように書かれています。
なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
