「クリスマスの12日」という歌があります。
その歌は、何度も何度も同じ言葉を繰り返します。その歌が終わるまでに、本当に疲れてしまいます。ですから、その歌があまり好きではありません。
この箇所を読むとき、私は同じような感じがします。
イスラエルの12の部族は神様に同じ贈り物を捧げました。ですから、同じ言葉を12回繰り返します。
モーセの五書の中でこれは一番長い章です(89節です)。
どうして「部族の全ては同じ贈り物を捧げた」と記さなかったのでしょうか。その方がもっと早いでしょう。
おそらく、神様が私たちの贈り物を受け取る際、本当に喜ばれるからです。
神様は「はい、はい、はい。分かりました。ありがとうございます。でも、少し忙しいので、もう行ってください。」と言われません。むしろ、神様は私たちの贈り物を見て、それを尊い物とみなされるのです。
各イスラエルの部族には自分の捧げる日がありました。同じ贈り物を捧げても、モーセはそれをきちんと記録しました。
神様は私たちの贈り物をそのように考えてくださいます。
私たちが何を捧げても、十一献金でも、時間でも、私たちの努力でも、神様はそれをご覧になり、記録されます。
それはなぜでしょうか。私たちが神様の尊い子供だからです。そして、私たちは愛によって神様を喜ばせたいと願うなら、神様の心に触れるのです。
「神様にとって私はあまり大事な存在ではない」と考えたことがありますか。
「私はあまり良いものを神様に捧げることができない」と思ったことがありますか。
神様にとって一番大切なのは、あなたの心だと思います。
もし神様があなたの心を持っておられるなら、あなたが何を捧げても大丈夫です。
神様があなたの心を持っておられるなら、あなたとあなたの贈り物を、世界で最も尊いものとみなしてくださるのです。
