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民数紀

反抗的

民数紀14-15章

私は娘の結実ちゃんが大好きです。けれども、結実ちゃんはだんだん反抗することが増えてきました。

いつもではありませんし、そこまでひどいわけでもありませんが、時々こういう会話があります。

私: 「じゃあ、ごはんを食べよう。」 結実: 「たべない!」

妻: 「お風呂に入ろう。」 結実: 「はいらない!」

私: 「ねんねの時間だよ。」 結実: 「ねない!」

普段は結実ちゃんがすぐにその態度を捨てて私たちに従いますが、ときどきとても反抗します。

昨年、大変だったときがありました。

朝ごはんのあと、結実ちゃんはいつも「ごちそうさま」と言いますが、その日は全然言いませんでした。

そのため、「ごちそうさま」と言うまで私たちは椅子から降ろしませんでした。(そのとき、結実ちゃんはベビーチェアに座っていました。)

結実ちゃんは泣いて「いやだ!」と叫びながら、「ごちそうさま」と言うのを拒否し続けました。

一時間ほどかかったと思います。

とにかく、神様はそのような反抗的な態度を大嫌いであることが、この箇所からはっきりわかります。

最初に、イスラエル人は神様が約束された土地に入ることを拒否しました。

そして神様が「もう入ってはならない」と言われた後に、イスラエル人は入ろうとしました。その結果、神様はイスラエル人を罰されました。

その後、民数記15章では、神様がイスラエル人に無意識に罪を犯した場合にどうするべきかを教えられました。

神様はすべての罪を憎まれますが、私たちが時々無意識に罪を犯し、その後でその罪に気づくことがあります。

神様は「その場合、犠牲を捧げれば赦される」と言われました。

しかし、反抗的な態度で故意に罪を犯した場合は、結果が非常に厳しくなります。いけにえを捧げても赦されませんでした。むしろ、その人は民の中から断たれました。

そのため、民数記15章では、あるイスラエル人が安息日を破ったとき、彼は殺されました。

その人は安息日を忘れていたわけではありませんでした。その行動が悪いと十分わかっていながら、意図的に行いました。そのため、彼は殺されました。

私たちは皆罪を犯します。とはいえ、あなたは故意に罪を犯されるでしょうか。

時には、人々はこう言います。「私は罪を犯しますが、その後で神様に「赦してください」と言えば大丈夫だよ。」

それは反抗的な態度です。

ヘブル人への手紙の著者は、そのような人について、このように言っています。

まして、神の御子を踏みつけ、自分を聖なるものとした契約の血を汚れたものとみなし、恵みの御霊を侮る者は、どんなに重い処罰に値するか、考えてみなさい。(ヘブル10:29)

もしあなたがクリスチャンであれば、もちろん、神様はあなたを赦されます。しかし、その罪の結果から逃れることはできません。

神様はイスラエル人の反抗的な態度を赦されましたが、神様が約束された土地に入ることは許されませんでした。彼らは自分たちの選択によって、本当に苦しみました。

そのように、私たちが故意に神様に対して反抗的な態度を取れば、必ず後で苦しむことになります。

パウロはこのように書きました。

思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。

人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。

自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために蒔く者は、御霊から永遠のいのちを刈り取るのです。 (ガラテヤ人への手紙6:7-8)

One reply on “反抗的”

[…] でも、彼らはいけにえが勝手な罪のためじゃないことを忘れました。時々、私たちは意図せず罪を犯します。例えば、私たちは急に怒って、悪いことをします。いけにえは、そのような罪のためでした。(そのいけにえについてもっと知りたいなら、これを読んでください。) […]

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