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民数紀

民数記15:37ー41

私の畳の部屋には、キャビネットの扉のハンドルから房が掛けてあります。それは、私の大学の卒業のタッセルです。

どこかに私の高校の卒業のタッセルもありますが、少し汚れているので、私の旅行用荷物に掛けてあると思います。

とにかく、普段、そのタッセルを見ると、私は学校時代を思い出します。

時々、悪い思い出もありますが、大体は良い思い出です。よく勉強しましたが、楽しい時期でもありました。

同じように、この箇所で神様はイスラエル人に房を作りなさいと命じられました。けれども、それは学校時代を思い起こすためではありません。

他のことを思い起こすために、その房を作らせたのです。

神様はこのように言われました。

イスラエル人に告げて、彼らが代々にわたり、着物のすその四隅にふさを作り、その隅のふさに青いひもをつけるように言え。

そのふさはあなたがたのためであって、あなたがたがそれを見て、主のすべての命令を思い起こし、それを行うため、みだらなことをしてきた自分の心と目に従って歩まないようにするため、こうしてあなたがたが、わたしのすべての命令を思い起こして、これを行い、あなたがたの神の聖なるものとなるためである。(民数記15:38ー40)

イスラエル人は歩きながら、その房に触れるたびに、いつも「私は神様の聖なるものです。だから、私は神様の命令に従うべきです」と思い出しました。

もちろん、私たちはその房を作る必要はありませんが、神様とその言葉を思い出すために、何か物理的に思い出せるものがあるのは良いことだと思います。

私のコンピュータの上には、小さな紙があります。その紙には「神様は私たちの備え主です」と書いてあります。

以前、誰かが一万円と一緒にその紙を封筒に入れてくれました。私はその紙をコンピュータにつけています。

それを見るたびに、私は思い出します。経済的に辛い状態であっても、神様は私の必要を備えてくださいます。

おそらく、一番良い房は私たちの心につける房でしょう。つまり、聖書の御言葉を暗記することです。

物理的に思い出せるものは、だんだん効果が薄れていくかもしれません。私たちは常に目にするため、次第に見ても気づかなくなります。

しかし、神様の御言葉を私たちの心に結びつけると、神様はその房を用いられます。辛いときに、神様はその御言葉を通して、私たちにご自身のこと、御言葉、そして神様のあわれみを思い出させてくださいます。

子供のころ、私は聖書の御言葉をよく暗記していました。私はもう一度、それをすべきだと思います。

何度も神様はその房を通して私を助けてくださいました。

もしもっと多くの聖書の房を作るなら、神様は将来再びそれを用いて私を助けてくださると信じます。

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