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民数紀

祭司職の賜物

民数記18章

神様の民として、私たちは数多くの賜物をいただきました。救いの賜物をいただき、永遠の命の賜物をいただき、御霊の賜物もいただきました。

しかし、私たちはさらにもう一つの賜物をいただきました。

神様はアロンにこう言われました。

わたしはあなたがたの祭司職の賜物の奉仕として与える (民数記18:7)

神様は私たちにも、その賜物を与えてくださいました。

イスラエル人の中ではアロンとその息子たちだけがその賜物をいただきましたが、私たちは異なる祭司職をいただきました。

この祭司職はすべてのイエス・キリストを信じる人々のためのものです。男性であっても女性であっても、ユダヤ人であっても異邦人であっても、私たちは皆、神様の前で祭司です。

ガラテヤ人への手紙3:28には、このように書かれています。

ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。

また、黙示録1:6には、このように書かれています。

「イエス様は」私たちを王国とし、ご自分の父である神のために祭司としてくださった方である。

どうして祭司職が賜物だと言えるのでしょうか。

それは、私たちがその立場を得るために働くことができないからです。

アロンとその息子たちは神様によって祭司として選ばれました。その後、その子孫だけが祭司になることができました。

けれども、神様がアロンとその息子たちを選ばれた理由は、彼らが他の人々よりも聖なる人だったからではありません。アロンとその息子たちも、しばしば失敗しました。

そのように、私たちはイエス・キリストを信じることによって神様の家族に生まれ、神様の祭司とされました。

私たちはその賜物を得るために働いたわけではありません。また、私たちは他の人々よりも聖なる人ではありません。それでも、この祭司職は賜物として私たちに与えられました。

ですから、この賜物を真剣に考えなければなりません。神様はアロンとその息子たちに、この賜物を大切にしなさいと命じられました。神様はこのように言われました。

あなたと、あなたとともにいるあなたの子たちと、あなたの父の家の者たちは、聖所にかかわる咎を負わなければならない。

そしてあなたと、あなたとともにいるあなたの子たちが、あなたの祭司職にかかわる咎を負わなければならない。(民数記18:1)

私たちが覚えていなければならないのは、私たちの体が神様の宮であり聖所であるということです。

そして、私たちは祭司として罪を犯すと、神様の聖所を汚します。それに、私たちは神様がくださった祭司職も汚します。

そのような場合、神様の目の前で私たちは責任を負うことになります。

しかし、この賜物は本当に大きな特権です。それは、私たちが神様の前に来ることができるからです。

旧約聖書の時代の祭司たちよりも、私たちはさらに大きな特権があります。

大祭司だけが一年に一度、至聖所に入ることができました。至聖所で大祭司は神様の前に来ることができました。

一方で、私たちは皆、いつでも神様の前に来ることができます。

さらに、この祭司職は生きている神様に仕える特権です。神様は私たちを通してこの世界に触れられます。

アロンの祭司職はイスラエルに触れるためのものでしたが、私たちには全世界に触れる祭司職があります。

あなたはこの賜物についてどのように考えるでしょうか。真剣に考えているでしょうか。

この祭司職のミニストリーを感謝しているでしょうか。そして、この賜物を使って周りの人々に触れているでしょうか。

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