人間関係は報いのあるものです。けれども、時には壊れやすいこともあります。
関係を壊す原因の一つは、信頼が失われることです。妻が夫を信頼できず、夫が妻を信頼できないために、多くの結婚が破綻してしまいます。
私たちと神様との関係も同じです。だからこそ、神様が私たちに求めておられるのは、神様を信頼することです。
私たちが神様を信頼することを学べば、その関係はうまくいきます。しかし、そうしないなら、私たちと神様との関係も破綻してしまいます。
エデンの園で、アダムとエバはこの教訓を学びました。神様が彼らに言われたのは、「私を信頼しなさい」ということでした。
また、「その善悪の知識の木から食べてはなりません。悪を知る必要はありません」とも言われました。
ところが、彼らは神様を信頼せず、その実を食べてしまい、すべてが台無しになってしまいました。
同じように、神様はイスラエル人にも「私を信頼しなさい。私があなたを愛し、あなたの必要を備えることを信じなさい」と求めておられました。
けれども、イスラエル人は何度も神様を信頼しませんでした。むしろ、困難に直面するたびに文句を言い始めました。
この場面でも、彼らは同じことをしました。再び文句を言い始めたのです。
「パンもないし、水もないし、この惨めな食べ物が大嫌いです」と。
では、彼らはどの食べ物に文句を言っていたのでしょうか。それはマナでした。天から与えられたパンです。
この発言は少し矛盾していました。
「パンがない」と言いながら、「このパンが嫌いだ」と言っていたのです。
神様が彼らに与えてくださらなかったわけではありませんでした。問題は、彼らが与えられた食べ物に満足していなかったことです。
水が足りないという問題もたびたび起こりました。それでも、どの時も神様はイスラエル人に忠実でおられました。水がない状況で死んだ人はいませんでした。
神様はイスラエル人の必要をすべて備え続けてくださいました。それにもかかわらず、彼らは文句を言い続けていたのです。
そのため、神様は燃える蛇を送り、多くの人が死にました。
なぜでしょうか。それは、神様が彼らに必要なものを備えてくださらなかったからではありません。そうではなく、彼らが神様に信頼しなかったからです。
やがてイスラエル人は悔い改めました。そして彼らはこう言いました。
「モーセ、私たちのために祈ってください。私たちは間違っていました。」
モーセは祈りました。しかし、神様はただ彼らを癒されるだけではなく、彼らがしなければならないことをお命じになりました。
神様はこう言われました。
あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべてかまれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。(民数記21:8)
どうして神様はそのように命じられたのでしょうか。それは、壊れたものを治したかったからです。それは信頼関係の修復でした。
神様は基本的にこう語られました。
「あなたが私を信頼しなかったことによって、この問題が起きたのです。だから解決は簡単です。私を信頼しなさい。もし、その蛇を仰ぎ見れば、癒されるのです。
あなたは私の言葉を信じるでしょうか。私の言葉に従うでしょうか。」
蛇を仰ぎ見た人々は癒されました。
けれども、神様の言葉を信じなかったために蛇を見ようとしなかった人もいたかもしれません。
神様は信仰を求めておられました。
神様を信頼した人は生きましたが、神様を信頼しなかった人は死んでしまいました。
ある人がこう言いました。
「罪の反対は良い行動ではありません。罪の反対は信仰です。
罪とは、『神様、あなたを信頼しない。あなたの方法が最善であることを信じない』という態度です。
そのような態度によって、他の罪が生じます。
しかし、根本的に罪とは『神様、あなたを信じない』という姿勢なのです。」
ですから、良い行動は悪い行動を相殺するものではありません。神様が求めておられるのは良い行動だけではなく、信仰です。
そのため、神様は救いについて「良い行動をしなさい」とは言われません。むしろ、こう言われます。
「私のひとり子を信頼しなさい。イエスを求めれば、永遠の命を受け取ることができます。」
もちろん、神様は私たちの良い行動を見ることを望んでおられます。けれども、それ以上に神様は私たちが信頼することを望んでおられるのです。
もしその信頼関係がなければ、私たちの良い行動は汚れた服のようなものです。
イエス様はこう言われました。
モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。
それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。(ヨハネ3:14ー15)
神様は救いのために良い行動を求めておられるのではありません。信仰を求めておられます。
とはいえ、私たちの良い行動は信仰の実です。
もし私たちが神様に信頼しているのなら、神様が望んでおられることをしないでしょうか。
あなたはどうでしょうか。神様を信頼していますか。
