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民数紀

誘惑を根絶する

民数記31章

旧約聖書は時に、かなり血まみれの描写があります。この箇所もその一つです。

神様は、イスラエル人に対してミデヤン人を完全に滅ぼすよう命じられました。なぜなら、その人たちがイスラエル人を罪へと導いたからです。

そして、イスラエル人がミデヤン人の女性たちを生かしておいたとき、モーセは怒りました。

その理由は、特にミデヤン人の女性たちが、イスラエル人の男性たちを偶像礼拝に導いたからです。そこで、彼女たちも殺さなくてはならなかったのです。

ただし、性的な宗教儀式にまだ関わっていない若い女の人たちだけは生かしておかれました。

では、この箇所から私たちは何を学べるでしょうか。

聖い人生を生きるためには、罪を根絶し、つまずきとなるものを捨てなくてはならない、という教訓です。

イエス様もこう言われました。

もし、右の目が、あなたをつまずかせるなら、えぐり出して、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに投げ込まれるよりは、よいからです。

もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切って、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに落ちるよりは、よいからです。(マタイ5:29-30)

イエス様は本当に極端な言葉を使われますが、実際に目を抉り出したり、手を切り捨てることを求めているわけではありません。

それでも、イエス様のメッセージは明確です。罪を容認してはいけないのです。

もしもつまずきとなるものがあれば、それをすぐに捨てなければなりません。

たとえば、あなたが持っているビデオや雑誌が罪への誘惑となるなら、それを捨てるべきです。

もし、あなたの彼や彼女があなたに罪を犯させるなら、その関係を断つことが必要です。

友人があなたに罪を犯させるのであれば、少し距離を置くべきです。

多くの場合、私たちはつまずきとなるものを持ち続け、その結果として罪を犯してしまいます。そして、「どうして私はいつも罪に落ちてしまうのだろう」と考えるのです。

神様は、その原因となるものを切り離しなさい、と語られています。あなたにとってつまずきになるものは何でしょうか。

パウロはこう書いています。

神が私たちを召されたのは、汚れを行わせるためではなく、聖潔を得させるためです。(テサロニケ4:7)。

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