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申命記

一番大切な戒め

申命記6:1ー5

前回の記事で、私たちが神様の命令に従う理由についてお話ししました。けれども、振り返ってみると、私の答えはまだ不完全だったように感じます。

もちろん、一つの理由は、神様が私たちのために最善を望んでおられ、私たちが神様の命令に従うと祝福を受けることができる、という点です。

しかし、もう一つの重要な理由があります。そしてその理由こそ、私たちが神様の命令に従うことの基礎となるものです。

モーセはこう言いました。

聞きなさい。イスラエル。は私たちの神、はただひとりである。心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、を愛しなさい。(申命記6:4ー5)

イエス様は「それは一番大切な戒めだ」と言われました。では、どうしてこれは一番大切な戒めなのでしょうか。それは、私たちが神様を愛すれば、自然と神様の戒めに従いたいと願うようになるからです。

例えば、カップルがお互いに愛し合っていると、相手を喜ばせたいと思い、それが決して重荷ではありません。むしろ、相手の反応を見て、心から喜びを感じるでしょう。

花やプレゼントを渡す時には、本当に楽しみになりますし、料理を作ったり、掃除をしたりすることも、(まあ、大抵の場合)重荷には感じないのです。

もし私たちの動機が愛であれば、自然に相手を喜ばせたいと願うものです。

神様との関係においても同じことが言えます。私たちが心から神様を愛しているなら、神様を喜ばせたいと願い、また、神様を傷つけたくないと思うのです。

私自身も時々、愛している人々を傷つけてしまうことがあります。それはわざとではなくても、結果的に傷つけてしまったということです。

けれども、相手の気持ちを知った時、自分の行動や態度を変えました。それは、相手を愛しているからこそ、もう傷つけたくないと思ったからです。

私たちが罪を犯す時、神様を傷つけてしまいます。だからこそ、本当に神様を愛しているならば、そのことに気づいた時には、そのような行動を避けたくなるはずです。

もちろん、私たちは「決して失敗しない」「決して罪を犯さない」とは言えません。なぜなら、私たちは皆、罪を犯す者だからです。

しかし、私たちにとって、「神様は私を赦してくださるから、罪を犯し続ける」という考え方は、余地がありません。

その態度は、まるで「妻は私を赦してくれるから、不倫をしてもいい」という考え方のようなものです。

もし私たちが妻を本当に愛しているならば、妻の気持ちを無視して不倫をすることは、決してできないはずです。

同じように、私たちが本当に神様を愛しているならば、神様の気持ちを無視して罪を犯すことはできません。

では、どうして私たちは神様に従うのでしょうか。

その一番大切な理由は、私たちが神様を愛しているからです。

イエス様はこう言われました。

わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛する人です。(ヨハネ14:21)

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