この箇所を読んだ時に、15節は本当に印象に残りました。
主は、ただあなたの先祖たちを恋い慕って、彼らを愛された。
そのため彼らの後の子孫、あなたがたを、すべての国々の民のうちから選ばれた。(申命記10:15)
アブラハム、イサク、そしてヤコブは、決して完璧な人たちではありませんでした。
イスラエルの民もまた完璧ではありませんでした。何度も文句を言い、神様に反抗しました。
それでも、神様は彼らを恋い慕われました。
時にはイスラエルの民に怒りを覚えられることもありましたし、時には懲らしめることもありました。
それでも、神様の愛は決して変わることなく、神様はイスラエルの民を恋い慕い続けられました。
この箇所を読むと、私には希望があります。それは、私自身も罪を犯し、失敗するからです。
もし私が神様だったら、きっと自分を諦めてしまうと思います。しかし、神様は私を恋い慕い続けておられます。
神様はあなたのことも恋い慕っておられます。
それを聞いた時、私たちはどのように反応するべきでしょうか。
神様はこう言われました。
イスラエルよ。今、あなたの神、主が、あなたに求めておられることは何か。
それは、ただ、あなたの神、主を恐れ、主のすべての道に歩み、主を愛し、心を尽くし、精神を尽くしてあなたの神、主に仕え、あなたのしあわせのために、私が、きょう、あなたに命じる主の命令と主のおきてとを守ることである。(12ー13節)
つまり、神様に愛されているからこそ、私たちは神様を恐れ、愛し、支えにし、従いましょう。
それは神様の愛を得るためではありません。
神様はすでに私たちを愛しておられます。神様はすでに私たちを恋い慕い、私たちを選んでくださっています。
むしろ、神様が私たちを愛してくださっているからこそ、私たちはその愛に応えるべきです。
モーセの時代もそうだったように、今もそれは変わりません。
毎日、神様の愛に応えて生きていきましょう。
私たちは愛しています。
神がまず私たちを愛してくださったからです。(第一ヨハネ4:19)
