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申命記

神様の方法で礼拝する

申命記12章

「どうして、天国に行くのにはたくさんの方法がないのでしょうか。どうして、一つの方法しかないのでしょうか。」

多くの人々はクリスチャンにそのように尋ねます。

理由はたくさんありますが、最も重要な理由は、この箇所に書かれています。

神様はこう言われました。

彼らの祭壇をこわし、石の柱を打ち砕き、アシェラ像を火で焼き、彼らの神々の彫像を粉砕して、それらの名をその場所から消し去りなさい。

ああなたがたの神、に対して、このようにしてはならない。(申命記12:3ー4節)

そして、神様は言われました。

あなたがたは、私たちがきょう、ここでしているようにしてはならない。おのおのが自分の正しいと見ることを何でもしている。(8節)

その後、神様はイスラエルの民に詳しく礼拝する方法を教えられました。

この話から私たちは重要な教訓を学ぶことができます。

神様はすべての種類の礼拝を受け入れられるわけではありません。

私たちが良い礼拝の方法だと思っても、神様がそれを受け入れられない場合もあります。

31節で、神様はこう言われました。

あなたの神、に対して、このようにしてはならない。

彼らは、が憎むあらゆる忌みきらうべきことを、その神々に行い、自分たちの息子、娘を自分たちの神々のために、火で焼くことさえしたのである。

もちろん、私たちはその話を聞いて、そのような礼拝はひどいと思います。

けれども、その時代には、イスラエル周辺の国々で多くの人々がそのようなことを行っていました。その人々は、それらの行いを良いことだと考えていました。戦争の時や、良い収穫を望む時に、神々の助けを得るために、祭壇で子供を焼いたのです。

私たちのこの時代においても、神様は多くの礼拝の方法を忌み嫌われることがあると思います。

日本では多くの人々が仏壇に食べ物などをささげていますが、神様にとってそれは忌み嫌うことです。

そうすると、パウロの教えによれば、私たちは悪霊と交わっていることになります。

第一コリント10:20−21には、次のように書かれています。

いや、彼らのささげる物は、神にではなくて悪霊にささげられている、と言っているのです。

私は、あなたがたに悪霊と交わる者になってもらいたくありません。

あなたがたが主の杯を飲んだうえ、さらに悪霊の杯を飲むことは、できないことです。主の食卓にあずかったうえ、さらに悪霊の食卓にあずかることはできないことです。

時々、クリスチャンもそのようなことをします。けれども、神様はそれを受け入れられません。

中にはタロットや占星術を行い、「大丈夫だ」と思うクリスチャンもいます。

しかし、神様はそれを禁じておられます。(申命記18章9-14、イザヤ書47:13-15)

神様が教えられなかった方法で礼拝することは、本当の礼拝とは言えません。

「私は神様を礼拝している」と言っても、そのような行いをしているならば、神様はそれを受け入れられません。

イエス様はこう言われました。

神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。(ヨハネ4:24)

私たちは霊によって礼拝しなければなりません。

神様は礼拝の方法だけが重要だと思っておられるわけではありません。神様は私たちの心と魂を求めておられます。

さらに、私たちはまことによって礼拝しなければなりません。つまり、神様がご自身を表されたように、私たちは礼拝しなければなりません。

神様は御言葉を通してご自身について教えてくださったので、その真理に基づいて神様を礼拝しなければならないのです。

もし私たちが神様の御言葉に反して礼拝しようとするならば、神様はその礼拝を受け入れられません。なぜなら、それはまことによる礼拝ではないからです。

あなたはどうでしょうか。神様の方法で礼拝していますか。

それとも、あなたの勝手な方法で礼拝しているのでしょうか。

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