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申命記

祝い

申命記16章

年末には、多くの日本人が忘年会に参加します。

ある日、私はある女性と話していて、その人は「今週、6つのパーティーに行くよ」と言いました。

私はおそらく一年間でも6つのパーティーに行くことはないので、少し驚きました。

けれども、年末とお正月は祝う時です。それは素晴らしいことです。

何度も、この箇所で神様はこう言われます。「喜びなさい。」

日本語の聖書ではそうは見られないかもしれませんが、英語の翻訳では「祝いなさい」という表現が繰り返されています。

クリスチャンは喜びにあふれる人であるべきです。それを常に心に留めなくてはなりません。私たちは十年間もレモンを吸っているような顔をしていてはいけません。

私たちは喜ぶべきです。

何のために喜ぶべきでしょうか。

1つ目の理由は、私たちの救いのためです。

ユダヤ人は過越の祭りを祝うとき、救いを思い出しました。つまり、神様は彼らをエジプトから救い出されました。

エジプトでは、彼らは奴隷でした。そして、多くの人が殺されました。しかし、神様は彼らを救い出されたのです。

私たちもまた救われました。2千年前に、イエス様は赤ちゃんとして来られ、人間となられました。そして、十字架で私たちの罪のために死なれ、復活されて、死に打ち勝たれました。

だからこそ、イエス様はこう言われました。

わたしが生きるので、あなたがたも生きるからです。(ヨハネ14:19)

2つ目の理由は、神様の備えに感謝することです。

収穫の時、イスラエルの民は神様の慈しみにあふれて喜びました。

そのように、私たちも神様の備えに感謝し、喜ぶべきです。つまり、家族や友達、食べ物や家など、私たちの日常生活において与えられているものに感謝するのです。

ですから、どのような状態にあっても、祝うことを覚えていてください。なぜなら、どんな苦しみや悩みを経験しても、私たちは喜びを見いだすことができるからです。

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