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申命記

私たちのために呪われた人

申命記21:22ー23

この箇所で、神様は犯罪者が殺されたとき、その体をどのように扱うべきか教えられました。神様はこう言われました。

もし、人が死刑に当たる罪を犯して殺され、あなたがこれを木につるすときは、

その死体を次の日まで木に残しておいてはならない。その日のうちに必ず埋葬しなければならない。

木につるされた者は、神にのろわれた者だからである。(申命記21:22-23)

ガラテヤ人への手紙で、パウロはこの箇所を引用しました。

キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。

このことは、アブラハムへの祝福が、キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです。(ガラテヤ3:13ー14)

もちろん、キリストはご自身の罪のために殺されたのではありませんでした。むしろ、私たちの罪が赦されるために、イエス様は十字架で殺されたのです。

私たちの罪によって神様からの呪いがもたらされました。

しかし、イエス様はその呪いを身に負ってくださり、十字架で私たちの罪のために代価を支払ってくださったのです。

だから、私たちはもう呪われてはいません。むしろ、私たちは神様の祝福を待ち望みます。

それは最高の贈り物でした。

クリスマスの時に、私は「御使いうたいて」という歌を歌うのが大好きです。

最近、歌手がその歌を歌うときに、二つ目のリフレインを歌わないことがありますが、その歌詞がイエス様が来られた理由を説明するので、私は大好きです。

Nails, spears, shall pierce him through
釘と槍はイエス様を刺しました。
The cross be borne for me and you
イエス様は私たちのために十字架を負われました。
Hail, Hail, the Word made flesh
人間になられた神様をほめたたえましょう!
The Babe, the Son of Mary.
マリヤの子よ。

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