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申命記

正直さ

申命記25:13-16

去年、私は若い女性と面白い会話をしました。営業職における正直さについて話しました。そして、私は尋ねました。

「もし二つの会社があなたの商品を買うために競争していて、彼らの提示額が低すぎたら、どうしますか。」

その女性はこう答えました。「私はその二つの会社に『相手の会社がもっと高い値段を提示した』と言います。」

私はさらに尋ねました。「もし、その二つの会社があなたの嘘に気づいたらどうなるでしょうか。」

「多分、うまくいきません。二つの会社のどことも契約できないでしょう。」

「そして、あなたの上司がその嘘について聞いたら、どう反応するでしょうか。」

「全然気にしないと思います。すべての会社はそうするからです。上司は『残念な状況だけど、ほかのクライアントを見つけられるから、大丈夫』と言うはずです。」

その上司が本当にそう思うかどうかは分かりませんが、神様はそのような考え方を忌み嫌われます。神様はこう言われます。

あなたは袋に大小異なる重り石を持っていてはならない。

あなたは家に大小異なる枡をもっていてはならない。

あなたは完全に正しい重り石を持ち、完全に正しい枡を持っていなければならない。あなたの神、があなたに与えようとしておられる地で、あなたが長く生きるためである。

すべてこのようなことをなし、不正をする者を、あなたの神、は忌みきらわれる。(申命記25:13-16)

とはいえ、この世界には違う意見を持つ人たちがいます。

時々、ビジネスの世界では嘘も方便であると考えられることがあります。それでも、そのようなビジネス慣習に対して、一つのルールがあります。それは、もし嘘が明らかにされたら、それを認めなければならないということです。

数年前、雪印乳業が多くの嘘をつき、その嘘が発見されたため、評判が大きく損なわれました。

食中毒の問題が発生しましたが、その会社はその問題を隠そうとしました。

その後、補助金を得るために、牛肉の出所について嘘をつきました。

さらに、バターの賞味期限を変更し、評判はさらに悪化しました。

私たちが「商売をやる以上嘘は仕方ない」と言うなら、そのような結果を招いてしまいます。

神様はそのような言い訳を受け入れられません。ビジネスの場面でも個人的な関係でも、神様は私たちに正直であることを求められます。

そうしなければ、信頼関係が破れ、あなたの評判が傷つきます。神様の民として、他の人が私たちの正直さを疑うことができないはずです。

パウロはこう書きました。

この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。(ローマ12:2)

職場でも、家庭でも、どこにいても、あなたはどれくらい正直でしょうか。

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