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ヨブ記

簡単すぎる説明と冤罪

ヨブ記4-31章

少し告白があります。このブログを英語で書いたとき、「ヨブ記はどうしようかなあ」と考えました。

ヨブ記の内容自体はそれほど問題ではありませんでしたが、難しかったのは、4章から31章まででヨブとその友人たちがずっと言い争いをしており、同じようなことを何度も繰り返している点です。

このブログは主にデボーションを目的としているため、普段はあまり具体的な解説を行っていません。そのため、ヨブ記をどのように進めればよいか、長い間考えてきました。

最終的に私が決めたのは、4章から31章をまとめて一般的な解説を行うことでした。その後、次の11回ほどのブログの記事で、さらに具体的な内容を取り上げることにしました。

時にはいくつかの箇所を省略することもありますが、神様の導きに従って書いていきます。

先ほども述べたように、4章から31章は主にヨブとその友人たちの言い争いが記録されています。友人たちはヨブの苦しみを見て、またヨブの訴えを聞いて、なぜヨブが苦しんでいるのかを説明しようとしました。

彼らは何を言ったのでしょうか。要約すると、彼らの答えは次のようなものでした。

もし、あなたの子らが神に罪を犯し、神が彼らをそのそむきの罪を手中に送り込まれたのなら、

もし、あなたが、熱心に神に求め、全能者にあわれみを請うなら、

もし、あなたが純粋で正しいなら、まことに神は今すぐあなたのために起き上がり、あなたの義の住まいを回復される。(ヨブ記8:4-6)

つまり、「あなたの子供たちは罪を犯したので罰せられた。あなたも罪を犯したのではないか。だからこそ、あなたが罰せられているのだ。けれども、悔い改めれば、神様があなたを赦してくださり、すべてが大丈夫になるだろう。」

そして、4章から31章まで、ヨブの友人たちは一貫して「神様はいつも悪人を罰し、悪人だけが苦しむ」ということを言い続けました。

しかし、この説明には二つの問題がありました。一つ目は、この説明があまりにも単純すぎたことです。ヨブが述べたように、悪人は最終的に罰を受けるかもしれませんが、この世界では罰を受けないこともあります。

また、悪人の行動によって無実の人々が苦しむこともあります。彼らは衣服を失い、飢え、またその子どもたちは奴隷にされてしまいます。

それだけでなく、無実の人が殺されることもあり、主人や妻が相手の不貞によって苦しむ場合もあります。(21章と24章)

したがって、「悪人だけが苦しむ」という主張は誤りです。

二つ目の問題は、さらに深刻です。ヨブの友人たちは、「ヨブが悪事を行ったに違いない」と言いましたが、それは完全に間違いでした。

神様はヨブについてこのように言われました。

おまえはわたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている者はひとりも地上にはいないのだが。(1:8)

神様はヨブを罰しておられませんでした。神様の目から見ると、ヨブは無実であると言われます。ですから、ヨブの友人たちが「あなたは罪を犯したのではないか」と言ったとき、彼らは完全に間違っていたのです。

ヨブは彼らにこう言いました。

私に教えよ。そうすれば、私は黙ろう。私がどんなあやまちを犯したか、私に悟らせよ。(6:24)

しかし、彼らはヨブが犯した罪を一つも思いつくことができませんでした。それにもかかわらず、自分たちの主張を証明しようとして、ヨブの罪の例をあれこれ挙げましたが、それらはすべて根拠のないものでした(22:5-9)。

そして、彼らはこう結論づけました。「あなたはそのような罪を犯したのだろう。それゆえ、罰せられているのだ。」

私たちはこの話から何を学べるでしょうか。

人々がなぜ苦しむのかという疑問は、簡単に答えられるものではありません。ただ「悪人は罰せられ、善人は守られる」と言うだけでは解決にはなりません。その答えはあまりにも単純であり、誤っています。

ヨブ記1~2章を読むと、より深いことが明らかになります。つまり、悪霊が存在しており、その悪霊は私たちに対して悪意を持っています。

また、私たちの周りには悪い行いをする人々がおり、その行動によって私たちが影響を受けることもあります。したがって、神様からの罰以外に、もう二つの理由が見えてきます。

では、なぜ神様は悪霊や悪人の働きを止めようとなさらないのでしょうか。この疑問に対して、神様は答えを言われませんでした。ヨブ記でも答えられず、今日でも神様はその理由を説明しておられません。

しかし、ヨブ記の最後で神様がヨブに答えられたとき、ヨブにとっては神様が言われたことが十分で、満足するものでした。それについては、後ほど読みます。

もう一つ学べることは、人を責めるときに慎重でなければならないということです。特に、その人が苦しんでいるときには、さらに気をつけなければなりません。

なぜなら、冤罪を作ることは、その人との関係を損なうだけでなく、神様は冤罪を作る人を非常に嫌われるからです。

ヨブ記の最後では、そのことがはっきりと示されています。

この世の悪や、私たちの愛する人々がなぜ苦しむのかという疑問は、簡単に答えられるものではありません。

けれども、ヨブの友人たちのように、この疑問を安易に扱うことは避けましょう。単純すぎる答えを与えることは控えましょう。また、冤罪を作ることのないようにしましょう。

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