ヨブ記を読み続けると、ヨブの友達は頑固に「あなたは何か悪いことをしたから、神様があなたを罰している」と言い続けます。
けれども、ヨブとその友達の喧嘩の中で、私たちは神様が答えてくださらない疑問に直面します。それは、「どうして神様は悪を止めようとなさらないのでしょうか」という疑問です。
また、「時々悪い人は苦しむけれど、どうしていつもそうではないのでしょうか。時々、彼らは本当に幸せな人生を送っているように見えます。どうして彼らはもっと苦しまないのでしょうか」とも考えます。
ツォファルの答えは単純です。「悪人の人生は一時的にうまくいくけれど、結局は苦しむよ。」
しかし、ヨブはこう答えます。
「そうですか?でも、私が見るのは、彼らが生き続けており、さらに強力になっている姿です。どうしてでしょうか?どうして彼らは神様を恐れないのに、富を得たり、安全な人生を送ったりしているのでしょうか。」
ヨブは続けてこう言います。
「あなたが言ったように、彼らの子供たちは苦しむかもしれませんが、どうして本人が苦しまないのでしょうか。亡くなったら、子供のことをもう気にしないではないですか。どうして神様はその本人を罰しないのでしょうか。」
だから、21章の最後で、ヨブは言いました。
どうしてあなたがたは、私を慰めようとするのか。むだなことだ。あなたがたの答えることは、ただ不真実だ。(ヨブ記21:34)
24章で、ヨブは同じようなことを言います。皮肉を込めて彼はこう言いました。「分かりました。悪人は結局罰される。それでは、あなたの証拠を示してください。」
辛い真実ですが、多くの悪人が栄え、この世では神様からの罰を受けません。
もちろん、いつか神様は彼らを裁きますが、「どうして今裁かないのか」は理解しにくいです。
私にも分かりません。麦と毒麦のたとえ話(マタイ13:24-30)でイエス様が暗示されたのは、麦(神様に属している人々)を傷つけずに、毒麦(悪人)をこの世界から取り除くのは難しい、ということです。
たとえば、誰かが罪を犯した結果、ある人が本当に傷つきます。その人はそれまで神様のことを全く考えず、神様を求めてもいませんでした。けれども、自分の世界が揺れ動く中で、神様を求め始めます。
多くの日本人の場合も同じです。多くの日本人がクリスチャンになった理由は、人生の危機がきっかけでした。
それでも、私はこの答えに完全に満足しているわけではありませんし、それが完全な答えだとも思いません。しかし、その答えから分かるのは、神様は私よりもよくご存じで、賢明な方だということです。
また、神様には私たちには見えない目的と、私たちには分からない理由があります。それがヨブ記のメイン・ポイントの一つです。
有限の知識しか持たない私たちには、無限の知識を持つ創造者に尋ねる立場はありません。
他の記事で、この問題についてさらに深くお話しします。
