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ルツ記

あがない主

ルツ記3ー4章

ボアズとルツの関係を通して、私たちはキリストがどのように私たちをあがなってくださるかを知ることができます。それは本当に美しい絵です。

ルツは貧しく、何も持っていませんでしたが、ボアズに近づき、結婚していただけるようにお願いしました。ルツはこう言いました。

あなたのおおいを広げて、このはしためをおおってください。あなたは買い戻しの権利のある親類ですから。(ルツ記3:9)

私たちにとっては、それは少し変わったプロポーズの方法に見えるかもしれませんが、その文化ではそれが普通でした。

今でも、ユダヤ人の結婚式では、花婿が自分のタリス(祈りのためのショール)で花嫁を覆います。その意味は、「私はあなたを世話します」ということを表しています。

ですから、ルツが言ったのは、「私を世話してください。私の夫になってください」ということでした。

しかし、問題がありました。他の親族にはルツと結婚する権利がありました。

この習慣も、私たちにとっては少し変わっているように思えるかもしれませんが、その時代には一般的なものでした。

当時、ある男性が息子を残さずに亡くなった場合、その男性の女性の親族(普通はその男性の妻ですが、この場合はその義理の娘)は他の親族と結婚し、その子供によって亡くなった男性の名前が引き継がれ、その子供がその男性の遺産を継ぐことができました。

ルツの場合、ボアズにはその権利がありましたが、別の親族にはさらに強い権利がありました。

幸いにも、その親族はルツとの結婚を拒否しました。おそらく彼はすでに結婚していたのかもしれません。

その結果、ボアズはルツと結婚する権利を買い取り、その家族の遺産を管理する権利も得ました。

こうして、ルツはもはや貧しく希望がない女性ではなくなりました。今では、裕福で、ルツを愛している夫を持ち、将来と希望を持つことができました。

ルツとボアズが結婚した後、息子が生まれました。その息子オベデには、エッサイという息子が生まれ、エッサイにはダビデという息子が生まれました。

ダビデはイスラエルの王となり、そして、ダビデの家系を通して、私たちの最大のあがない主であるイエス様が来られました。

今、私たちはルツがボアズに近づいたように、何も持たずにイエス様に近づきます。私たちはただ自分自身を捧げることができるだけです。私たちはイエス様の愛と守りを求めるしかできません。

イエス様はそのようにしてくださり、私たちのために代価を払ってくださいました。十字架で、私たちの罪のために死に、ご自身の血を流してくださったのです。その血によって、私たちの罪は洗われました。

そして、その関係とイエス様の愛によって、私たちは将来と希望を持つことができます。

エペソ人への手紙2:12ー13で、こう書かれています。

そのころのあなたがたは、キリストから離れ。。。この世にあって望みもなく、神もない人たちでした。

しかし、以前は遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスの中にあることにより、キリストの血によって近い者とされたのです。

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