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サムエル記第一

私たちがしなければならないこと

サムエル記第一11章

サウルは最終的には失敗してしまいましたが、彼は良いスタートを切っていました。あるイスラエルの都市が攻撃された時、その知らせを聞いた人々はただ泣いていました。

サウルはその人々を見た時、彼は尋ねました。「なぜあなたたちは泣いているのですか。」

その理由を聞くと、彼は非常に怒りを覚えました。なぜでしょうか。おそらく、二つの理由がありました。

一つ目は、彼が愛していた人々が攻撃されたことです。

二つ目は、誰も何の行動も起こさなかったことです。

そこでサウルは責任を引き受け、人々を集め、その敵と戦い、神様の助けによって大きな勝利を収めました。

二年前、教会のリーダーズ・ミーティングに参加しました。その時、私たちは重大な問題について話しました。それは、何年経っても日本のクリスチャンの数がほとんど変わっていないという事実です。ずっと1%ほどのままです。

日本では、多くの人々がこの状況に涙を流しています。

しかし、泣くだけでは十分ではありません。私たちは何かをしなければなりません。

イスラエル人は、多くの兄弟たちが殺されたことについて涙を流しましたが、何かをしようとはしませんでした。

私たちはどれほど迷っている人々のために涙を流しているのでしょうか。それでも、何も行動を起こさないことがあるのではないでしょうか。

なぜ、周りの人々が死んで地獄に向かっているにもかかわらず、私たちは何もしないのでしょうか。

サウルのように、私たちは共に働き、この世界を変えましょう。この死にゆく世界を救うために、私たちがしなければならない事を果たしましょう。

私は、「だれを遣わそう。だれが、われわれのために行くだろう」と言っておられる主の声を聞いたので、言った。「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」(イザヤ書6:8)

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