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サムエル記第一

神様を待ち望む心

サムエル記第一13章

私はサウルの気持ちがよく分かります。彼の軍隊は3000人の兵士から600人の兵士に減ってしまい、その敵が迫っており、さらにサムエルが遅れていました。

サウルとイスラエルのための祈りが必要でしたが、サムエルはまだ来ておらず、いつ来るのかサウルには分かりませんでした。

その厳しい状況の中で、サウルはパニックに陥り、全焼のいけにえを捧げてしまいました。けれども、一つ問題がありました。神様の命令により、サウルはその行為をしてはいけないとされていました。

どうしてサウルがそのようにしたのかは理解できます。正直なところ、私がその状況に置かれたらどうするかわかりません。もしかしたら、サウルのようにしてしまうかもしれません。

しかし、この話を通じて、サウルの根本的な問題が明らかになります。彼は心を尽くして神様を信頼することができませんでした。

そのため、困難な時に神様を待たず、神様の助けを求めず、サウルは自分の力と知恵に頼って行動しました。その結果、神様の命令に従わず、罪を犯してしまいました。

次のイスラエルの王であるダビデと比較すると、まったく違いました。ダビデは本当に神様の心にかなう人物でした。

ダビデは次のように書きました。

たとい、私に向かって陣営が張られても、私の心は恐れない。たとい、戦いが私に向かって起こっても、それにも、私は動じない。 (詩篇27章3)

また、

ああ、私に、生ける者の地で主のいつくしみを見ることが信じられなかったなら―

待ち望め、主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め、主を。(詩篇27:13-14)

ダビデにとって、それはただの良い言葉ではありませんでした。彼はその言葉を本当に信じ、そのように生きたのです。ダビデは完全な人ではありませんでした。ダビデは大きな失敗をしたことがありました。

とはいえ、サウルが彼を殺そうとした時にも、またダビデの息子アブサロムがダビデを殺そうとした時にも、ダビデはサウルの過ちを繰り返しませんでした。

ダビデはパニックに陥ることなく、自分の知恵や力に頼らず、忠実に正しいことを行い続けたのです。

では、なぜダビデはそのようにできたのでしょうか。それは、彼が神様を信頼したからです。神様が彼を救ってくださることを本当に信じていました。

だからこそ、神様は何度もダビデを救い出してくださったのです。

あなたはどうでしょうか。困難な時、あなたはどのように反応するでしょうか。パニックに陥るでしょうか。それとも、自分の力に頼って行動するでしょうか。

あるいは、ダビデのように、神様の道を歩み続けるでしょうか。神様に信頼し続け、神様の救いを待ち望むでしょうか。

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