この箇所を見ると、ダビデの勝利によって、初めてカナンに入ったイスラエル人が「勝利できない」と言ったのは、ただの言い訳であったことが分かります。
士師記には繰り返しこのような話が登場します。つまり、イスラエル人の敵が鉄の馬車などを持っていたため、イスラエル人はカナン人を追い払うことができなかったというものです。
けれども、ダビデの敵はさらに優れた武器を持っていたにもかかわらず、ダビデは勝利を収めました。なぜでしょうか。それはダビデが神様に信頼したからです。一方、その時代のイスラエル人はそうしませんでした。
神様は私たちに勝利を与えたいと望んでおられます。それにもかかわらず、私たちはしばしば自分自身を説得して「勝利できない」と思い込んでしまいます。
例えば、良い仕事を探す時、良い妻や夫を見つけようとする時、また罪と戦う時に、よくこう思うのです。「私は勝てない。」
「この仕事には絶対に就けないから、面接に挑戦するのはやめておこう。」
「その人とデートをしても、どうせ最後には捨てられるだろう。」
「この罪と何度も戦ってきたけれど、いつも負けている。もう戦い続ける意味があるのだろうか。」
しかし、私たちが自分自身に問いかけるべき質問があります。
「神様は本当に私と共にいてくださるでしょうか。神様は本当に私の味方でいてくださるでしょうか。神様は私のために良いことを望んでおられるでしょうか。」
もしそう信じなければ、私たちは信仰によって踏み出すことができません。むしろ、恐れによって立ち止まったままになります。
あなたはどうでしょうか。今、勝利を得ていると感じていますか。
私は正直に言います。多くの場合、恐れが私の前進を妨げています。「やっぱり、私はできない」と思ってしまうのです。
私はもっと神様に信頼し、信仰によって歩む必要があります。
だから、これを書きながら、自分自身に語りかけているのです。
主よ、私の人生において、勝利が欲しいです。けれども、「私はダメだ」と思ってしまうことが多いのです。また、過去の失敗を思い出して「無理だ」と感じてしまいます。
どうか、私が初期のイスラエル人のようにはならないようにしてください。むしろ、ダビデのように信仰によって踏み出し、勝利を得られるよう助けてください。 主イエス・キリストのみ名によって祈ります。 アーメン。
