罪を犯すと、多くの場合、私たちが計画していない結果が起こります。
この箇所で、私たちはその真実を見ることができます。
ダビデはバテ・シェバと関係を持ち、姦淫を犯しました。そして、その主人を殺しました。
もし、その前にダビデが、自分の家族がどういう結末を迎えるのか知っていたら、まだその罪を犯したでしょうか。
英語では、諺があります。「この親にして、この子あり」。つまり、子供は親の例に従います。
ダビデの息子アムノンもそうしました。
お父さんのように、アムノンは女性を見て、自分の情欲を制することができませんでした。
だから、酷い罪を犯しました。つまり、異母姉妹タマルと関係を強いたのです。
ダビデはアムノンにとって悪い例でした。彼にどうやって自分の情欲を制するかを全然教えませんでした。
さらに、もう一つのことで失敗しました。ダビデはアムノンの罪について聞きましたが、全然何もしませんでした。
21節に書いてあるのは、ダビデが怒ったことです。けれども、それだけが書いてあります。ダビデは何もしませんでした。
結果は何だったでしょうか。タマルのお兄さんアブシャロムの心の中に、アムノンとダビデに対する怒りと恨みの種が蒔かれました。
そのため、アブシャロムはアムノンを殺し、最終的にはダビデの王位を取ろうとしました。
どうしてダビデは何もしなかったのでしょうか。私には分かりません。アムノンが長男だったからかもしれません。
しかし、もう一つの理由があったかもしれません。
ダビデはこう思ったかもしれません。「私も失敗した。バテ・シェバと関係を持ち、その主人を殺した。どうやってアムノンを罰することができるだろうか。」
とはいえ、アムノンを罰しなかったことで、ダビデは本当に失敗しました。
親として、私たちは神様から責任を委ねられています。つまり、子供を育てることです。
正直に言うと、私はその資格を持っていると感じません。私はよく、どうやって娘を育てるべきか悩んでいます。
それでも、良い例になる責任があるし、正しいことを教える責任があるし、時には彼女を躾ける責任もあります。
だからこそ、私は神様の助けを求めて祈ります。
あなたはどうですか。あなたはどのような親でしょうか。
あなたは子供にとって良い例でしょうか。彼らを躾けていますか。正しいことを教えていますか。
そうしないなら、私たちは子育てに失敗するだけでなく、神様から委ねられた責任を果たすこともできないのです。
