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サムエル記第二

破壊するプライド

サムエル記第二19:9-20:26

プライド。

私たちのプライドがどれほど問題を引き起こし、関係を壊し、悪い行動を促すでしょうか。

プライドは新しい問題ではありません。聖書の初めにさかのぼっても、アダムとエバの話でその例を見ることができます。

彼らは自分のプライドによって、善悪の知識の木の実を食べました。

サタンが「あなたたちは神のようになる」と言ったことで、彼らはそれを信じて食べてしまったのです。

同じ問題はこの箇所でも見ることができます。

イスラエルの部族の中から10部族がダビデに願いました。「もう一度私たちの王になってください。」

けれども、ユダの人々は何かためらいがありました。それでも、ダビデが彼らに手を差し伸べたことで、彼らはダビデに従うことを決めました。そして、彼らはダビデと共にヨルダンを渡りました。

このことが他の部族の怒りを引き起こし、彼らは文句を言い始めました。

われわれは、王に十の分け前を持っている。だからダビデにも、あなたがたよりも多くを持っているはずだ。

それなのに、なぜ、われわれをないがしろにするのか。われわれの王を連れ戻そうと最初に言いだしたのは、われわれではないか。(サムエル記第二19:43)

それは、本当に些細なことでした。しかし、彼らはそのことを大きくしてしまいました。

ユダの人々の返事はその状況をさらに悪化させました。そのため、その状況はますます大変なものになりました。

なぜでしょうか。それは、プライドが原因でした。

どれほど、私たちの間でそのようなことが起こるのでしょうか。

どれほど、私たちは侮辱されたと感じた時に、喧嘩を始めるのでしょうか。そして、相手が謝罪せず、強い言葉で言い返すとどうなるでしょうか。

一方は侮辱されてプライドが傷つき、許すことができない。

もう一方は相手の感情を認めず、恵みを与えず、謝らないプライドを抱いている。

もしあなたか相手がそのプライドを手放さない場合、その関係は壊れてしまうでしょう。また、さらに悪い事態が起こる可能性もあります。

自分のプライドが傷ついたシェバという人は、ダビデに反抗を始めました。その結果、シェバは死にました。

ヨアブもまたプライドが傷つき、ダビデがアマサをヨアブの代わりにイスラエルの将軍に任命すると聞き、アマサを殺しました。その結果、ヨアブも最終的には命を落としました(列王記第一2:5ー6;28ー34)。

あなたが尋ねるべき質問は次のとおりです。

「私は自分のプライドを持っているでしょうか。それとも、私のプライドが私を支配しているでしょうか。」

自分のプライドを持っているとは、あなたの価値が神様から来ることを理解することです。つまり、神様があなたを造られ、あなたが神様の作品であることを認識することです。

そのため、他人と自分自身を比べる必要はありません。

そして、侮辱された時でも、それを無視することができます。なぜなら、あなたの価値はその人ではなく神様から与えられているからです。

あなたのプライドは神様のご意見によるものであり、人々の言葉に左右されることなく、ただ神様を喜ばせたいと願うからです。

一方、プライドがあなたを支配している場合とは、あなたのプライドがあなたの行動を支配し、自分や他人を傷つける状態を指します。

たとえば、他人と常に比較や競争をし、自分のプライドのために他人を踏み台にするような行動を取ります。

さらに、傷ついた際には相手を許さず、復讐しようとします。その結果、関係を壊してしまうことになります。

あなたはどうでしょうか。あなたは自分のプライドを持っているでしょうか。

それとも、プライドがあなたを支配しているのでしょうか。

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