いつダビデが詩篇32篇を書いたか分かりませんが、詩篇51篇と同じテーマなので、今この詩篇について書きます。
ダビデは罪を隠したことがあり、なかなか眠れませんでした。おそらく、ダビデの良心はささやきました。「あなたは悪かった。あなたは罪を犯した。」
私は黙っていたときには、一日中、うめいて、私の骨々は疲れ果てました。
それは、御手が昼も夜も私の上に重くのしかかり、私の骨髄は、夏のひでりでかわききったからです。(詩篇32:3-4)
もし、ダビデがバテ・シェバの事件について書いていたら、この詩篇はダビデのナタンに対する反応を説明しています。
寝づらくて、良心によって心が苦しんでいたため、ナタンが来ると、ダビデはすぐに、砕かれた霊で告白しました。「私は罪を犯しました。」(第二サムエル記12:13)
詩篇32篇を読むと、私たちは神様がダビデを罰しておられたと思うかもしれません。しかし、私はそれを読むと、その箇所が神様の愛を示していると思います。
神様はその苦しみを通して、ダビデに言われました。
「私はあなたの罪をよく知っている。私はあなたを愛しているから、その罪に安住することを許せない。その罪によってあなたは滅びるから。だから、あなたの罪を認めて、告白しなさい。」
ダビデは、その罪を告白すると、神様の赦しと憐れみと恵みを見つけました。彼は書きました。
私は、自分の罪を、あなたに知らせ、私の咎を隠しませんでした。私は申しました。「私のそむきの罪を主に告白しよう。」すると、あなたは私の罪のとがめを赦されました。(5)
そして、振り返ると、ダビデは言えました。
幸いなことよ。そのそむきを赦され、罪をおおわれた人は。
幸いなことよ。主が、咎をお認めにならない人、その霊に欺きのない人は。(1-2)
あなたはどうですか。あなたの心の中で罪を隠しているでしょうか。ダビデのように、あなたの良心によって苦しんでいるでしょうか。
それを無視しないでください。無視すれば、結局、あなたの良心の叫びにもう気づかなくなるかもしれません。その結果、あなたの状況はもっと酷くなります。
ダビデはこう記しました。
あなたがたは、悟りのない馬や騾馬のようであってはならない。それらは、くつわや手綱の馬具で押さえなければ、あなたに近づかない。
悪者には心の痛みが多い。しかし、主に信頼する者には、恵みが、その人を取り囲む。(9-10)
