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歴代誌第一

すべての物はどこから来たか

歴代誌第一29:10ー20

ある日、私はスポーツのドキュメンタリーを見ました。アメリカン・フットボールの選手ランダル・カニングハムについてでした。彼はクリスチャンですが、本当にその信仰が試されました。

彼は引退した後、牧師になりました。そして、自分の家の裏庭にはプールとスパがありました。カニングハムのスパの中で、多くの人々が洗礼を受けました。

けれども、ある日、カニングハムとその妻が出かけている間、彼らの友達がカニングハムの二歳の息子と留守番をしていました。

カニングハムが帰宅すると、その息子がスパで溺れて亡くなっていたことを知りました。

ドキュメンタリーの中で、カニングハムは興味深いことを語りました。

彼はこう言いました。

「私の息子の人生は神様からの賜物でした。神様は一時的に私たちに与えましたが、神様の目的と理由で彼を取り戻されました。」

この箇所を読むと、そのドキュメンタリーとカニングハムの言葉を思い出しました。

ダビデの言葉は、カニングハムの言葉に似ていました。

ダビデとイスラエル人は神様の宮を建てるために、自分たちの物を捧げました。その物について、ダビデはこう言いました。

まことに、私は何者なのでしょう。私の民は何者なのでしょう。このようにみずから進んでささげる力を保っていたとしても。

すべてはあなたから出たのであり、私たちは、御手から出たものをあなたにささげたにすぎません。。。

私たちの神、主よ。あなたの聖なる御名のために家をお建てしようと私たちが用意をしたこれらすべてのおびただしいものは、あなたの御手から出たものであり、すべてはあなたのものです。(歴代誌第一29:14,16)

ダビデとカニングハムは同じことを認めました。私たちの持ち物のすべては神様から来るものです。私たちが受け取ったすべての良いものは神様から来たのです。

だからこそ、ダビデは喜んでそれらを神様に返しました。なぜなら、それらのものはもともと神様のものであったからです。

彼にとって、お金や宝物は一時的なものでした。

それに加えて、彼は自分の人生さえも一時的なものであると認めました。

15節で、ダビデはこう言いました。

 私たちは、すべての父祖たちのように、あなたの前では異国人であり、居留している者です。地上での私たちの日々は影のようなもので、「ずっとこの世界に住む」望みもありません。

時々、人々は「どうして献金を捧げるべきでしょうか。神様はそれを必要としていないでしょう?」と訊きます。

もちろん、神様は私たちのお金を必要としておられるわけではありません。

神様が私たちのお金そのものを欲しておられるのではないのです。神様が望んでおられるのは私たちの心です。

神様は私たちの優先順位を知りたいのです。

私たちにとって、お金が一番大切なものなのでしょうか。

それとも、神様こそが私たちにとって一番なのでしょうか。

ダビデはこのように祈りました。

私の神。あなたは心をためされる方で、直ぐなことを愛されるのを私は知っています。

私は直ぐな心で、これらすべてをみずから進んでささげました。

今、ここにいるあなたの民が、みずから進んであなたにささげるのを、私は喜びのうちに見ました。(17)

神様は私たちが与えることを求めるとき、私たちの心を試しておられます。

私たちが与えても与えなくても、神様は私たちの動機を試されます。

私たちは喜んで与えるでしょうか。私たちの持つものが神様から来たものであることを理解するでしょうか。

もし与えないとすれば、それはなぜでしょうか。あるいは、この世の物を愛しすぎているからなのでしょうか。

カニングハムの信仰は本当に素晴らしいと思います。

今でも、その同じスパで人々が洗礼を受けています。

ドキュメンタリーで、ナレーターはこう語りました。

「彼の息子が亡くなったスパで、人々は生まれ変わっています。」

カニングハムの信仰は試されました。

お金を持つことは彼にとって試練ではありませんでした。

むしろ、自分の息子を持つことこそが、彼にとっての試練だったのです。

多くの人々はその状況で「なぜ」と問いかけ、苦々しい思いを抱きます。 けれども、カニングハムはそうはしませんでした。

むしろ、この人生は神様からの賜物であると認めました。それは儚く、一時的な賜物なのです。

だからこそ、苦々しい思いをせずに感謝の心をもって、神様にその息子を返したのです。

あなたはどうですか。自分の物がどこから来たか理解していますか。

そして、あなたの人生における神様の主権を認めるでしょうか。

ダビデは歌いました。

主よ。偉大さと力と栄えと栄光と尊厳とはあなたのものです。

天にあるもの地にあるものはみなそうです。

主よ。王国もあなたのものです。

あなたはすべてのものの上に、かしらとしてあがむべき方です。

富と誉れは御前から出ます。

あなたはすべてのものの支配者であられ、御手には勢いと力があり、あなたの御手によって、すべてが偉大にされ、力づけられるのです。(歴代誌第一29:11-12)

そして、彼はこう歌いました。

今、私たちの神、私たちはあなたに感謝し、あなたの栄えに満ちた御名をほめたたえます。(13)

そのような忠実で感謝の心を持つことができますように。

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