「男らしくありなさい。」
日本では、若い男性がその言葉をどのように受け取っているのか私にははっきり分かりませんが、アメリカではそのような言葉を頻繁に聞くことがあります。
この箇所では、ダビデも死を迎える前に、息子ソロモンに同じことを語りました。(列王記第一2:2)
それは何を意味しているのでしょうか?
多くの人々にとって、「男らしい」というのは強い人を指すようです。
ダビデも確かにそのような内容を語りました。彼はソロモンにこう言ったのです。
強く、男らしくありなさい(2節)
つまり、この世界があなたに反対しても、強くありなさい。プレッシャーに負けないでください。
けれども、男らしくなることはただ強い人になることだけを意味しているのではありません。ダビデはソロモンにこう言いました。
あなたの神、主の戒めを守り、モーセの律法に書かれているとおりに、主のおきてと、命令と、定めと、さとしとを守って主の道を歩まなければならない。
あなたが何をしても、どこへ行っても、栄えるためである。(3節)
多くの若い男性は、男らしくなりたいなら、自分がしたいことをするべきだし、完全に独立しなくてはならないと思っています。
しかし、ダビデにとって、男らしくなることは、神様に心を尽くして従うことでした。神様の声に耳を傾け、それに従うことです。また、主の権威に従わなければなりません。
そのような人こそ、男らしい人なのです。
あなたはどうでしょうか?若い男性でも、少し年を重ねた男性でも、あなたは男らしいと言えるでしょうか?
あなたは神様に従い、神様の心に従っていますか。それとも、自分自身の心に従っているのでしょうか?
もしあなたが独身の女性なら、どのような男性を求めていますか?神様はあなたのためにどのような男性を望んでおられるでしょうか?
本当に男らしい男性とは、神様の権威に従う人であることを心に留めておいてください。
どのような男性と共に歩みたいですか?どのような男性を求めていますか?
男性でも女性でも、私たち皆が心を尽くして神様に従いましょう。
