これはダビデについての最後の脚注です。すこし驚くべきことですが、パウロはこの脚注を私たちに与えました。
その時、ピシデヤのアンテオケで、パウロはユダヤ人たちにイエス様の死と復活について話していました。そのメッセージの中で、パウロはダビデについて語っていたのです。
ダビデは、その生きていた時代において神のみこころに仕えて後、死ん「だ」。(使途の働き13:36)
もし私が亡くなったら、皆にそのようなことを私について言ってほしい。
ブルースはその生きていた時代において神のみこころに仕えて後、死んだ。
私たちはダビデの人生について読み、ダビデの良い時も、悪い時も、ダビデの成功も、失敗も見てきました。また、ダビデの神様に対する深い愛や、ダビデの酷い罪をも目にしてきました。
けれども、結局のところ、パウロはダビデについてこう語りました。
ダビデは神様のみこころに仕えた。
私はもう。。。歳です。もし神様の御心なら、私にはまだたくさんの年が残されているでしょう。
私は良い時もあれば、悪い時もありました。成功した時も、失敗した時もありました。神様を心を尽くして愛した時も、罪に陥った時もありました。
それらの経験は、私が死ぬまで続くはずです。
しかし、天国で神様にやっとお会いできたとき、何よりも欲しいものが一つあります。それは、神様が私にこう言われることです。
「よくやったよ。あなたは忠実なしもべでしたよ。私が頼んだことのすべてをあなたはしてくれました。」
神様が私たち皆にそう言ってくださることを願っています。
私はこの世を去るとき、
私の人生について、
私の周りの人々は結局何を思い出すでしょうか。彼らは私が家族を愛したと言うでしょうか。
私が忠実な友達だったと言うでしょうか。
私が神様の御子について伝えるために生きたと言うでしょうか。
私の人生が終わる時。彼らは私がイエス様の帰りを待ち望んだと言うでしょうか。 私が救い主の顔とその微笑みを見て、
「よくやった」と聞きたかったと言うでしょうか。
私の人生が終わる時。ーージェフ·ムーア
