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伝道者の書

神様を操ろうとする空しさ

伝道者の書5:1-7

ある人々にとって、神様はまるでジーニーのようです。普段は神様を無視して、瓶の中に閉じ込めて押入れや箪笥にしまいます。そして、何かが必要になると、その瓶から神様を取り出して助けを求めるのです。

また、神様を親のように捉える人もいます。そして、何かが欲しいときには、こうして交渉します。「もし車を使わせてくれるなら、洗車をしてあげますよ。」

しかし、この箇所でソロモンは、神様を操ろうとすることの虚しさについて語っています。

多くの人々が神様の前に出てきますが、神様に耳を傾けたり、神様の御心を求めたりすることなく、むしろ神様を操ろうとします。

例えば、たくさんの言葉を使って祈ることがあります。なぜなら、それによって神様を感動させ、私たちの願いを叶えてもらえると思うからです。

しかし、イエス様はこう言われました。

また、祈るとき、異邦人のように同じことばを、ただくり返してはいけません。彼らはことば数が多ければ聞かれると思っているのです。

だから、彼らのまねをしてはいけません。あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。(マタイ6:7-8)

他の人々は神様と交渉しようとします。何か本当に欲しいものがあると、深く考えずに愚かな約束をしてしまいます。旧約聖書に登場するエフタの話はまさにその典型です。

けれども、ソロモンは次のように話しています。

神の前では、軽々しく、心あせってことばを出すな。神は天におられ、あなたは地にいるからだ。だから、ことばを少なくせよ。

仕事が多いと夢を見る。ことばが多いと愚かな者の声となる。。。

夢が多くなると、むなしいことばも多くなる。ただ、神を恐れよ。(伝道者の書5:2,3,7)

神様の御前に来るとき、どのように来ますか。多くの言葉を使い、自分の計画や夢、願いについて語りますか。それとも、自分の人生に対して不満を言ったり、「どうして神様は私を助けてくれないのか」と尋ねたりしますか。

ソロモンが伝えたのは、喋ることよりも、神様の言葉に耳を傾けることが大切だということです。私たちの望みに焦点を当てるのではなく、神様の望みに焦点を当てた方が良いのです。

言葉をたくさん使うよりも、必要最低限の言葉を用いる方が良いのです。

例えば:

  • 天のお父様、あなたを愛しています。
  • 天のお父様、あなたは全ての誉れにふさわしい方です。
  • 天のお父様、あなたの国が私の周りの人々の心に訪れるようにしてください。
  • 天のお父様、あなたの御心に従いたいと思います。私に何を望んでおられるでしょうか。
  • 天のお父様、私の必要を満たしてください。
  • 天のお父様、私の罪を赦してください。私はあなたのようになりたいので、誘惑から守ってください。
  • 天のお父様、____さんは私に傷を与えました。私がその人を許す力を与えてください。
  • 天のお父様、私を守ってください。

これらはシンプルな言葉ですが、力強い言葉です。実際、イエス様はこのような祈りを勧められました。(マタイ6:9-13)

そして、あなたの言葉を止めて、神様の御前に立ち、耳を傾けてください。

実は、私自身ももっとそうすべきだと思っています。しかし、神様と親しい関係を築きたいなら、それこそが出発点なのです。

神様との関係は、空虚な言葉や意味のない言葉から始まるのではありません。

少ない言葉と、神様の声に耳を傾ける心から始まるのです。

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