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列王記第一

不敬虔な世界に住んでいるのに

列王記第一18:1-15

オバデヤ(預言者オバデヤとは別の人物)は、非常に困難な状況に置かれていました。

彼はアハブの王宮を管理していました。当然、アハブはオバデヤを信頼していました。

けれども、アハブ王は不敬虔な人物であり、イスラエルを偶像礼拝に導いていました。

一方で、オバデヤは心を尽くして神様を愛していました。

それにもかかわらず、他の神様を愛する人々とは異なり、彼はユダに移住せず、イスラエルに住み続けました。

なぜでしょうか。私には分かりませんが、彼を批判することはできません。

アハブの妻イゼベルが神様の預言者たちを殺そうとしたとき、オバデヤは100人の預言者を匿い、パンと水で養いました。

時々、私たちも理想的な環境に置かれていないことがあります。つまり、私たちの周囲の人々がクリスチャンではないことがあります。

例えば、あなたがクリスチャンであっても、両親、妻または夫、あるいは同僚がクリスチャンではない場合があります。

そして、あなたはこう考えるかもしれません。

「この状況は難しすぎて、逃げ出したい。クリスチャンがたくさんいる場所に行きたい。」

もちろん、もしあなたが毎日ノンクリスチャンと一緒に過ごしているなら、クリスチャンとの交わりは本当に大切です。

しかし、あなたの状況からすぐに逃げないでください。

神様がオバデヤを用いてくださったように、神様はあなたを通して他の人々に影響を与えることができます。

神様は私たちにこの世から離れなさいと命じられましたが、それは神様を信じない人々から逃げるという意味ではありません。

それでは、このことはどういう意味なのでしょうか。

パウロはこう書きました。

この世と調子を合わせてはいけません。

いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。(ローマ12:2)

そうすることで、私たちは人々に触れることができ、良い影響を与えることができるでしょう。

イエス様の祈りを心に留めておきましょう。イエス様は弟子たちのために祈られましたが、私たちのためにも祈ってくださいました。

わたしは彼らにあなたのみことばを与えました。しかし、世は彼らを憎みました。わたしがこの世のものでないからです。

彼らをこの世から取り去ってくださるようにというのではなく、悪い者から守ってくださるようにお願いします。

わたしがこの世のものでないように、彼らもこの世のものではありません。

真理によって彼らを聖め別ってください。あなたのみことばは真理です。

あなたがわたしを世に遣わされたように、わたしも彼らを世に遣わしました。

わたしは、彼らのため、わたし自身を聖め別ちます。彼ら自身も真理によって聖め別たれるためです。(ヨハネ17:14-19)

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