エリヤがこの世を去り、神様のもとへ行く時が近づいていました。しかし、エリヤが去る前に、彼は弟子エリシャにこう尋ねました。
私はあなたのために何をしようか。私があなたのところから取り去られる前に、求めなさい。(列王記第二2:9)
エリシャはこのように答えました。
では、あなたの霊の、二つの分け前が私のものになりますように。(9b)
エリヤは約束することはできませんでしたが、エリシャにこう言いました。
もし、私があなたのところから取り去られるとき、あなたが私を見ることができれば、そのことがあなたにかなえられよう。できないなら、そうはならない。(10)
彼らが歩いていると、突然、一台の火の戦車と火の馬が現れ、エリヤは竜巻に乗って天へと上って行きました。エリシャはそのすべてを見ていました。
エリヤとエリシャがヨルダン川を渡っていた時、エリヤは自分の外套を取り、それを丸めて水を打つと、水は両側に分かれました。(8)
エリシャが一人で戻った時、彼はこう尋ねました。
エリヤの神、主はどこにおられるのですか。(14)
つまり、エリシャはこう考えたのです。「神様はエリヤと共におられたように、私と共にもいてくださるのだろうか。それとも、私は一人ぼっちなのだろうか。」
そしてエリシャは、エリヤの外套を取り、丸めて水を打ちました。すると、再び水は両側に分かれました。これにより、エリシャは神様の答えを悟ることができました。
この話を読むと、私は別の話を思い出します。最後の晩餐で、イエス様は弟子たちにこう言われました。
まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行うわざを行い、またそれよりもさらに大きなわざを行います。わたしが父のもとに行くからです。
またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。
あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。。。
わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。(ヨハネ14:12-14,18)
エリヤが去った時、聖霊様がエリシャと共におられたように、聖霊様は私たちと共におられます。
そして、エリシャがエリヤよりもさらに大きなわざを行ったように、私たちもイエス様よりさらに大きなわざを行うことができるのです。
どうしてでしょうか。それは、神様がエリシャをお見捨てにならなかったように、私たちを決してお見捨てにならないからです。また、私たちを決して孤児とされないからです。
むしろ、イエス様は私たちのもとに来てくださり、愛を与えてくださるだけでなく、力も与えてくださいます。そして、私たちがイエス様の名によって何かを求めるならば、イエス様はそれを成してくださいます。
だからこそ、エリシャがエリヤに忠実に仕えたように、私たちもイエス様に忠実に仕えましょう。絶えずイエス様についていき、また、イエス様が私たちに託されたことを行いましょう。
イエス様はこう言われました。
わたしの戒めを保ち、それを守る人は、わたしを愛する人です。
私を愛する人はわたしの父に愛され、わたしもその人を愛し、わたし自身を彼に現します。(ヨハネ14:21)
