この箇所を読むと、この話がいかに劇的かを改めて感じます。嵐の中で、ヨナは海に投げ込まれ、波にのまれて、どんどん深く沈み、命の危機に瀕していました。しかし、土壇場になり、ヨナは心の底から叫びました。「神様!助けてください!」
その時、大きな魚が現れ、ヨナを飲み込んでしまいました。
こうして、ヨナは「初めての潜水艦」に乗ることになります。その中で、ヨナはこう思いました。
むなしい偶像に心を留める者は、自分への恵みを捨てます。(ヨナ書2:8)
ヨナは何について考えていたでしょうか。自分の民についてだったでしょうか。それとも、ニネベの民について考えていたでしょうか。おそらくその両方だったかもしれません。
けれども、ヨナの心には空しい偶像がありました。もちろん、ヨナはバアルやヤロブアムが立てた金の子牛を拝んでいたわけではありませんが、別の偶像を心の中に建てていました。それは、「私」という偶像です。
そのため、神様が「ニネベに行きなさい」と命じられたとき、ヨナは「私」という神に従ったのです。
その結果、ヨナは神様からの祝福を自ら捨ててしまうことになりました。
神様はヨナを通して素晴らしい働きを成し遂げたかったのです。もしヨナが進んでニネベでの務めを果たしていたなら、神様は彼を豊かに祝福されたことでしょう。
しかし、ヨナはニネベの民にも、神様にも心を頑なにしてしまいました。
ようやくニネベに行ったときも、ヨナはしぶしぶと神様のメッセージを伝えました。そのため、彼は再び神様からの祝福を逃してしまいました。
あなたはどうでしょうか。「私」という偶像に従っているでしょうか。あなた自身とあなたの欲望があなたの人生の中心にあるでしょうか。ヨナの生涯から学び、彼の言葉を心に留めておきましょう。
むなしい偶像に心を留める者は、自分への恵みを捨てます。(8)
「私」という偶像を手放しましょう。神様に私たちの人生の王座を捧げましょう。そうすることで、神様からの祝福を心から受け取ることができるのです。
