この箇所を読むと、7-8節は私の心に強い印象を与えます。
ホセアはこう書きました。
刑罰の日が来た。報復の日が来た。イスラエルは知るがよい。
預言者は愚か者、霊の人は狂った者だ。これはあなたのひどい不義のため、ひどい憎しみのためである。
エフライムの見張り人は、私の神とともにある。しかし、預言者は、すべての道にしかけるわなだ。彼の神の家には憎しみがある。(ホセア書9:7-8)
ホセアの時代には、悪が多く、人々は預言者と聖人を愚か者とみなしていました。だから、イスラエル人は預言者の警告や注意をほとんど無視しました。それだけでなく、預言者たちを黙らせるために、イスラエル人は彼らを迫害しました。
その結果、刑罰の日が訪れ、報復の日がやってきました。
ホセアは、その時代をギブアの時代と比べました。ギブアの話はイスラエルの歴史の中でも本当に酷い出来事でした。彼らの堕落はソドムとゴモラの堕落に似ていたのです。
だから、ホセアはこう言いました。「もし、あなたがたが神様の言葉を無視し続けると、ギブアのようになる。ソドムとゴモラのようになる。」
残念ながら、イスラエル人はホセアの言うことを聞かず、結局裁きが訪れました。
神様は私たちの世界を見て、何を思っておられるのでしょうか。ホセアの言葉は、私たちの文化にも適しているからです。
神様の言葉を忠実に述べ伝える人は、愚か者としてからかわれます。ある国々ではクリスチャンが殺され、アメリカでもクリスチャンたちは頑迷だと呼ばれ、汚名を着せられることがあります。
そして、だんだんこの世界の道徳は悪化し、ソドムとゴモラのようになっています。
神様はそのような状況を永遠に我慢されることはできません。もし、私たちが悔い改めないなら、ギブアやソドムとゴモラ、そしてイスラエルのように裁きが訪れるでしょう。それは神様に聞き従わないなら、当然のことです。
さらに、以前言ったように、もし神様の祭司である私たちが神様に聞き従わないなら、この世界には希望があるでしょうか。私は希望はないと思います。
だから、神様の祭司として、神様の言葉を無視せず、従いましょう。この世界の価値観を受け入れないでください。むしろ、神様に従い、神様の力によって、この価値観を変えていきましょう。
