「神様は私を本当に愛しているだろうか。」
多くの人々の心にこの質問は響いています。けれども、もう一つの質問が、さらに深く傷ついている人々の心に響いています。
「神様は私をまだ愛しているだろうか。」
時々、人々が私たちの弱さや欠点を見たときに、彼らの愛がすぐに冷めてしまうことを経験します。そのため、私たちはこう思うことがあります。「もし人間の愛がすぐになくなるのなら、神様も私を見捨てるのではないか。」
この箇所には、その答えがあります。
ここでは、神様がどのようにイスラエル人を愛しておられたかを思い起こさせます。つまり、神様は愛によってイスラエルをエジプトの奴隷生活から救い出し、砂漠で彼らを導き、彼らのすべての必要を満たされました。
しかし、彼らは神様に背を向けて、バアルを礼拝し始めました。神様に従うことなく、神様から逃げる道を選んだのです。
そのため、神様は彼らに将来の裁きについて警告されました。けれども、その警告の中で、神様は自分の心を表されたのです。
エフライムよ。わたしはどうしてあなたを引き渡すことができようか。イスラエルよ。。。わたしの心はわたしのうちで沸き返り、わたしはあわれみで胸が熱くなっている。
わたしは燃える怒りで罰しない。わたしは再びエフライムを滅ぼさない。わたしは神であって、人ではなく、あなたがたのうちにいる聖なる者であるからだ。(ホセア書11:8-9)
つまり、私たちがどんなに神様から離れても、神様は私たちのことを諦めることはありません。私たちを懲らしめることがあっても、私たちを捨てることはありません。
神様の愛は人間の愛とは全く違います。神様の愛は変わることがなく、なくなることもありません。神様の愛は忠実で永遠です。神様はいつも私たちに手を差し伸べ、私たちが戻るのを待っておられます。
神様の愛を疑っていますか。神様がもうあなたを愛することができないと思っていますか。
エレミヤの言葉を思い起こしましょう。
私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は力強い。」(哀歌3:22-23)
