この箇所では、私たちは天国をちょっと見ることができます。今までヨブ記以外に旧約聖書の中で天国のシーンを描いているところはありませんでした。
けれども、ここで、イザヤは天国についての幻を見ました。イザヤは記しました。
ウジヤ王が死んだ年に、私は、高くあげられた王座に座しておられる主を見た。
そのすそは神殿に満ち、セラフィムがその上に立っていた。彼らはそれぞれ六つの翼があり、おのおのその二つで顔をおおい、二つで両足をおおい、二つで飛んでおり、互いに呼びかわして言っていた。
「聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主。その栄光は全地に満つ。」その叫ぶ者の声のために、敷居の基はゆるぎ、宮は煙で満たされた。(イザヤ書6:1-4)
興味深いことに、イザヤは「主を見た」と言いますが、ヨハネがこの箇所について話した時には、イザヤがイエス様を見たと言っています(ヨハネ12:39-41)。
だから、エホバの証人などが「イエス様は神様ではない」と言う時には、この二つの箇所を指摘すると良いでしょう。
とにかく、イザヤは栄光のキリストを見た時に本当に圧倒されました。多分彼は跪いて、叫んだでしょう。
ああ。私は、もうだめだ。私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間に住んでいる。
しかも万軍の主である王を、この目で見たのだから。(イザヤ書6:5)
多くの人々はこう思います。「もし、私が神様の前に立って私の人生のために申し開きをしなくてはならないなら、私は雄弁に自分を弁護できるから、神様は私の弁解を受け入れてくださるだろう。」
しかし事実は、私たちが神様の前に立って神様の聖さを見て、私たちは無言になります。なぜなら、私たちは神様の聖さと私たちの汚れを見るからです。その時、私たちが言おうと思った言葉が空しいとわかります。
もし何か言えば、私たちはイザヤのように言うはずです。「私はもうだめです。私は汚れた者です。」
とはいえ、イザヤが恐れで震えていると、神様は天使を送ってくださり、イザヤの口を燃えさかる炭で触れて言われました。
見よ。これがあなたのくちびるに触れたので、あなたの不義は取り去られ、あなたの罪も贖われた。(イザヤ書6:7)
つまり、こういうことです。「あなたは汚れた者であり、罪深い者だった。しかし、わたしはあなたを汚れのない者とした。あなたは自分の行いによって清くなったのではない。わたしの行いによって、あなたは清くされたのだ。」
そして、イザヤはもう一度神様の声を聞きました。
だれを遣わそう。だれが、われわれのために行くだろう。(イザヤ書6:8)
イザヤはそれを聞くと、また恐れで震えたかもしれませんが、彼は驚きによっても震えたと思います。彼は返事しました。
ここに、私がおります。私を遣わしてください。(イザヤ書6:8)
どうしてイザヤは恐れたでしょうか。なぜなら、彼は汚れた者として聖なる神様の前に立ったからです。
どうしてイザヤは驚いたでしょうか。なぜなら、神様はイザヤの罪を赦して清めてくださったからです。また、彼がよく失敗しても、たくさんの罪を犯しても、神様は彼を用いようとされたからです。
そして、神様はイザヤを呼ばれたように、あなたのことも呼んでおられます。
私たちは罪深い汚れた者として、また裁きに値する者として神様の前に立ちます。けれども、イエス様の血によって神様は私たちを清めてくださいます。
そして、神様は言われます。「日本人のために誰を遣わそうか。アメリカ人のために誰を遣わそうか。この世界の人々のために誰を遣わそうか。あなたの家族に触れたいです。あなたの隣人と友達に触れたいです。誰が、われわれのために行くだろう。」
私たちはイザヤのように「ここに、私がおります。私を遣わしてください」と答えるでしょうか。
イザヤのように、あなたがふさわしくないと思うかもしれない。しかし、イエス様があなたに触れるとあなたはその働きにふさわしい者となります。あなたの罪はすべて赦される。
神様はあなたを用いたいと願っておられます。そして、あなたを用いることがおできになります。ただ一つ、神様は私たちに求めておられることがあります。それは、私たちが神様に「はい」と応答することです。
あなたはどうしますか?
主よ。イザヤのように私はふさわしくないと思います。あなたは私の罪をよく知っています。私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間に住んでいる。私はふさわしくない。
けれども、十字架によって、あなたが私を清めたことを信じる。あなたの行動によっては私がふさわしくなった。
だから、イザヤのように私は言います。「ここに、私がおります。私を遣わしてください。」
あなたの栄光のために、私をお用いください。周りの人々にあなたのメッセージを伝えるために、また彼らの心に触れるために、私をお用いください。
私の命が永遠にわたってあなたのものとなるように。
どうか私をお用いください。イエス様のみ名によって祈ります。アーメン。
