以前言ったように、ヨタムの息子アハズはユダの王になると、イスラエルをさらに深く偶像礼拝へ導きました。
列王記と歴代誌によれば、アハズは偶像を造り、バアルを礼拝しました。
けれども、最も悪かったのは、アハズが自分の息子を全焼のいけにえとして神々に捧げたことです。その理由は、ユダがアラムとイスラエルと戦っており、その神々の助けを望んだからです。
ある日、アラムの王とイスラエルの王が同盟を結び、エルサレムを攻撃するために来ました。ユダの人々がその知らせを聞くと、
王の心も民の心も、林の木々が風で揺らぐように動揺した。(イザヤ書7:2)
そこで、アハズはアッシリヤと同盟を結ぼうと考えました。その時、イザヤがアハズのもとを訪れ、こう言いました。
気をつけて、静かにしていなさい。恐れてはなりません。
あなたは、これら二つの木切れの煙る燃えさし、レツィンすなわちアラムとレマルヤの子との燃える怒りに、心を弱らせてはなりません。
アラムはエフライムすなわちレマルヤの子とともに、あなたに対して悪事を企ててこう言っています。。。
[しかし]そのことは起こらないし、ありえない。(イザヤ書7:4-5,7)
そこで、イザヤはアハズにこう言いました。「あなたの神、主から、しるしを求めなさい。」(イザヤ7:11)
けれども、アハズはそれを拒み、「私は求めません。主を試みることはしません。」と答えました。(イザヤ7:12)
その言葉は敬虔に聞こえますが、実際にはアハズはイザヤの言葉の真偽を確かめたくありませんでした。なぜなら、彼はすでにアッシリヤと同盟を結ぶことを決意していたからです。
アハズは主を信頼せず、アッシリヤに頼る道を選んだのです。
そのため、イザヤは怒り、こう言いました。
あなたがたは、人々を煩わすのは小さなこととし、私の神までも煩わすのか。それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。
見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を「インマヌエル」と名づける。。。
まだその子が、悪を退け、善を選ぶことも知らないうちに、あなたが恐れているふたりの王の土地は、捨てられるからだ。(イザヤ書7:13-16)
もちろん、マタイはこの箇所を引用してイエス様について語っていますが、イザヤはおそらく別の出産について考えていたようです。
多くの学者が指摘するのは、イザヤが自身の将来の子について言及している可能性です。(イザヤ8:3-4)
ところで、なぜマタイはイエス様を指すためにこの箇所を引用したのでしょうか。それはおそらく、イザヤの息子の出産がイエス様の出産を象徴しているからです。つまり、イザヤの息子の出産がユダの救いのしるしだったように、イエス様の出産は世界の救いのしるしでした。
また、イザヤの息子は神様がユダとともにおられるというしるしでしたが、イエス様は本物の神様であり、私たちの間に住んでくださいました。(ヨハネ1:14)
さて、イザヤはアハズに「アッシリヤに頼らないでください」と警告しました。
神様はアッシリヤを用いてアラムとイスラエルを打ち砕かれますが、アハズがアッシリヤに頼るなら、アッシリヤがユダも打ち砕くことになると警告しました。(イザヤ書7:17-8:10)
そして、それは現実となりました。
歴代誌によれば、アラムとイスラエルがユダを攻撃した際、アハズはアッシリヤの助けを求めました。アッシリヤの王が来たものの、
彼[つまり、アハズ]を攻め、彼を悩ました。彼の力にはならなかった。(歴代誌第二28:20)
それから、ユダの状態はさらに悪化しました。アハズはアラムの神々を礼拝し始め、ついには神様に背を向けて、
主の宮の戸を閉じ、エルサレムの町かどの至る所に祭壇を造った。(歴代誌第二28:24)
この話から、私たちは何を学ぶことができるでしょうか。
誰を恐れるのか、注意してください。また、誰に信頼するのかにも気を付けてください。
アハズは主を恐れなかったため、状況が悪化すると敵を恐れるようになりました。神様に信頼しなかったため、信頼できない人々に依存し、無力な偶像を頼り始めました。
その結果、すべてが崩れてしまいました。
あなた自身はどうでしょうか。誰を恐れているでしょうか。人々を恐れているでしょうか。他人があなたについてどう思うかを心配しているでしょうか。
経済的な問題を恐れているでしょうか。この世が恐れるものを恐れていますか。
それとも神様を恐れているでしょうか。
何に頼っているでしょうか。お金でしょうか。自分の知恵や能力でしょうか。
それらはあなたを救うことはできません。それらに頼るなら、あなたもアハズのように倒れてしまうでしょう。
イザヤがアハズに言ったように、
もし、あなたがたが[神様を]信じなければ、長く立つことはできない。(イザヤ7:9)
