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列王記第二

でも私はそんなに悪くないのに

列王記第二17:1ー23

この箇所は北イスラエル王国の終焉について記しています。イスラエルにはずっと悪い王が治めており、ホセアはイスラエルの最後の王でした。(このホセアは預言者ホセアとは異なる人物です)。

私にとって興味深いのは、ホセアが最も悪い王ではなかったことです。

もし私が神様なら、アハブ王やヤロブアムの治世のときにすでにイスラエルを追放していたことでしょう。

もちろん、ホセアも悪い王でしたが、2節には次のように書かれています。

彼は主の目の前に悪を行なったが、彼以前のイスラエルの王たちのようではなかった。(列王記第二17:2)

つまり、ホセアは悪い王でしたが、以前のイスラエルの王たちよりもましでした。しかし、神様の裁きはホセアの治世の時に下りました。

時々、私たちは周りの人々を見て、こう言います。

「私はそんなに悪くない。誰も殺していないし、人々に親切にしようとしています。もちろん時々悪いことをするかもしれないけれど、この人やあの人よりも、私は良い人です。」

そして、自分が周りの人々よりも良い人だと思うがゆえに、神様が自分を受け入れてくださると思います。

けれども、それは誤った考えです。

イスラエル人は時々公然と罪を犯しましたが、時には人々の目に見えないところで悪を行いました。

9節には次のように書かれています。

イスラエルの人々は、彼らの神、主に対して、正しくないことをひそかに行ない[ました。]

しかし、誰の前で罪を犯したとしても、またはひそかに罪を犯したとしても、神様はすべてをご覧になります。

14-17節では、イスラエルの最も深刻な問題を見ることができます。それは、神様の言葉を聞かず、頑なになり、神様に信頼することを拒絶したことです。

その結果、空しい偶像を礼拝し、彼ら自身も空しい存在になってしまったのです。

彼らが周囲の国々の民を真似るにつれて、罪の程度はさらに深刻になりました。

私たちはイスラエル人のようになってしまう可能性があります。

もし私たちが神様の言葉に従うことを拒み、神様に信頼せず、周りの人々の罪を真似して、お金やセックスの「神々」に従うなら、私たちも空しい存在になってしまうのです。

そして、最終的には裁きが訪れます。他の人々よりも罪が少ないとしても、それは関係ありません。

もちろん彼らも裁かれますが、あなたも裁かれるのです。

だからこそ、自分自身を欺いてはいけません。他の人々のほうが悪いかもしれませんが、神様の目の前では私たちも罪人なのです。

だからこそ、悔い改めましょう。神様を信頼し、神様の声を聞いて従いましょう。

そうすれば、神様の祝福、臨在、そして恵みを知ることができるのです。

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